山形で高校時代にお世話になっていたクラリネットの師匠が、先日亡くなられたそうです。
8月に都内の楽器店で行われた師匠所属の東京クラリネットフィルハーモニー(TCP)の演奏会、本番は所用で聴けず終演のタイミングでご挨拶に伺ったところ、出演は叶わずお客さんでいらっしゃる予定が、体調を崩されて来られなかったとのことで…。
ご闘病中だったこと、メンバーの皆さんにもギリギリまで伏せていらしたようなのです。(私も演奏会の直前に人づてに知りました)
だからこそ、今年3月の都内でのTCP演奏会、例年よりも強めに「今回はぜひ来てね!」とご連絡くださったのかなぁ…と、後から思い至りましてね。
そんなことはつゆ知らず、いつものように終演後にご挨拶に行き、お元気そうで何よりです〜だの、奥様も全然お変わりないですね〜だの、今度こんな演奏会があるんですよ〜とチラシをお渡しするなど、ずいぶん能天気な会話をしたものです。
ただ、あの日も客席から見ていて「師匠ずいぶん小っちゃくなったな…」と思ってはいたんですよね。
そもそもコントラバスクラリネットという、人の身長くらいある巨大な楽器の担当なので、対楽器で比率がわかりやすいのです…。
私も9月という妙なタイミングで山形で演奏会を企画していたもので、チラシと招待券をお送りする際に「ご体調の件は伺っておりますので、ご無理のないようお過ごしください」と手紙を添えたのですが。
当日、ロビーに挨拶に出る前に結構な方が帰られてしまい、会場にいらしたかどうかはわからず。
いや、師匠のことだから、内容が良くても悪くても声くらい掛けてくださるだろうし、やはり来られなかったのでしょう。
という経緯があり、いつどうなるかわからない覚悟はしていたものの、穏やかに季節が巡り。
11月のある日、SNSの師匠のタイムラインに演奏仲間の方よりご報告があり、コメント欄に師匠との思い出話や「お世話になりました」等々書き込まれているのを見て、ああ、いよいよ向こうへ行ってしまわれたか…と。
お葬式はなさらないとのことで、遠くから祈ることしかできませんでしたが、ただただ寂しいです。
1996年の初レッスンから今まで、本当に本当にお世話になりました。
私の音大の入試と前後して師匠の北海道への就職が決まり、私は不合格→父の勤務先が倒産→横浜の一般大学へ。
きっともう会えないんだろうと思っていたら、当時盛んだったクラリネットメーリングリストのオフ会で、学生時代の御友人から「彼なら山形に帰ったよ」と伺い。
その次の年だったかな、上野でのTCPの演奏会へ久しぶりにご挨拶に行き、あれから何かとお会いする機会がありましたね。
大卒後に入学した音楽学校では、一時期TCPで師匠と一緒にバスクラ吹いてた方の門下に配属になり、師匠の学生〜若手時代の武勇伝をたくさん教えていただき。
帰省時に楽器を持ってお家に伺いアンサンブルをし、ご飯までいただき、初めて「箱から蛇口で注ぐタイプのワイン」を見せてもらったり。(弟子時代は高校生でしたので…)
国際クラリネットフェスト前のTCCP合宿では山形師匠、音楽学校師匠、私というなかなか揃わない面々で楽しくお酒を飲む機会があったり。
師匠夫妻のリサイタルを聴きに向かう山形新幹線が強風で4時間近く遅れ、とっくに終演した後に山形駅から「いま着きました…」と電話したら「せっかく来たんだし宴会に顔出して行きなよ」と哀れんでくれたり。
2015年のTCPの終演後に挨拶に行ったら、私を見た瞬間「洗足の仕事決まってよかったね!」と言ってくださったり。(SNS見てくださってたんですね)
いつも挨拶に行く度に「活躍してるねぇ」だの「よっ有名人!」と言われ、短大の生徒さんに「この人こう見えて良い歳だから」といらんこと吹き込んだり…。
どうしてこんなに演奏以外の面白エピソードばっかり出てくるんでしょう、泣けてきます(笑)
もっとたくさんお話ししたかったし、一緒に演奏する機会を持ちたかったです。
私が師事してきた師匠の中で一番お若いのに、一番早く逝ってしまうだなんて夢にも思いませんでしたよ。
SNSの追悼コメントに添えてあった、郡山市民オケとのモーツァルトのコンチェルトのリハーサル動画、本当に美しくて何度も見てしまいました。
私は何かを受け継ぐことができたんでしょうか…リード選びで悩んでた時の「ちょうどいいのがいいよ」は座右の銘にしておりますが…。
そうそう、先日プロフィール提出の際、どうしても師匠の名前に「故」をつけるのが憚られ、逆にそれまで書いてた先生方の「故」を削除しましたよ。
どの先生も私の中で教えが生きていらっしゃるから、今後はどなたにも「故」はつけないことにしようかな…。
あまりにも失うものが多すぎて、なんという年なんでしょう今年は。
会いたい人には会える時に会えとか、推しは推せる時に推せとか、行きたい場所には行ける時に行けとか、冗談めかして言われるけれど、結局それに尽きるんですよね。
なるべく後悔のないように生きていたいものです。