不快な存在でしかない

タイトルについている●は、同意をしてから見る記事です。

同意方法は、多数あると思います。


犯人のことを不快な存在としか思いません。


犯人と私は元々出会うはずがないと思うんですよ。でも無理矢理出会わされている。

私が本来出会い、大切に出来るはずだった存在は、被害を受けている。
犯人の存在なんか、元々私の世界には存在しないはずだと思うんですよね。

ただ別の隕石の作り出した生命である、

その隕石は、私に依存的であった可能性があるかもしれない、その程度で、私は依存的な人を好まないから、作り出された生命にも関与しないようにした可能性はあると思います。

親子揃って依存されることを好むと思います?


依存的な隕石のことはやらなくてはならなかったと思いますけどね、その生命のことなんか、知らんよwとしか思いません。

自己責任でしょう。


だから出会うはずがなかったけど、無理矢理出会わされた、人には、いてもいなくてもどっちでも良いけど、なんで私なの?と思う。ですかね。


私作ってないから、作った隕石に責任がある、それだけで、私ではないですね。

産んでもいないし。

私がもし作っていたとしたら、さっさと破壊していると思うんですよね。

今で例えるなら、たまたま近所になったママがいた、その子供とは、親同士近所でなければ出会わなかった、その子供が、みんなして依存してきた、みたいな感じでしょ?

そんなことはあり得なかったし、起こり得なかったんです。

でも起こったとしたら、おかしいんですよね。

私は犯人を作り出すきっかけは、イザナミ神にあるのかな?と思っています。

イザナミ神って、姉みたいだなと思念と波動を感じていて思ってます。

合わないと思います。

犯人が消されようと生きようとかなりどうでも良いですね。

でも私や子供に影響するなら、そうは行かないでしょう。

それしかありません。

それから、私が、考察したことをまとめてみます。
あくまでも考察です。

・神と言うのは、元々は、隕石であった。と仮定します。

岩だから、冷たい。

・自分が作り出した生命は、自分の子供みたいに考える存在もあった。

・自分の子供を他の隕石に消されたら嫌だから、他人の作った生命には、関与しないルールがあった

・作り出した生命が生きていけるようにはする責任があった

・生命は単体で作ることが出来た

・イザナミ神も、元々は、岩であった、と仮定します

・私にはパートナーの存在があった、でも、私に依存してくる存在があった

・私はパートナーと一緒にいたかった。
でも依存体質はそれを許さなかったかもしれない

・何かしらの揉め事が起こり、みんなの記憶を消されてしまった。

他人の未来を除き、未来を変えようとした存在があった。

・特定の人にだけ記憶が残っていた

・みんなの記憶がなく、危険だから言えない存在があった。

・阻止しようと動いていた

・悪事を働く隕石に対して許せないと思う生命の存在が、ある

・隕石がやっていたことを、人間界でやる存在があった

・記憶が消えたから、生命に対しての仕事をしなくて済むことになったと、放棄する隕石の存在があった

・天使族と悪魔族などを作り上げた。
今で言う裏と表社会のような仕組みを作り、神と言う存在を作った

・天使族に私を認定し、私のパートナーには、悪魔族と認定し、引き離した

・天使族であるとして、姫と言う立場にし、王家の仕事等を無理矢理やらせることに成功した

・自分達が不幸になったのは、私とパートナーが一緒になったからだと、刷り込みを与え始めた。

・犯人が日本でやってることは恐らく誰かもやっていたことではないかと考えます。

・私が作り出した生命以外のことも面倒を見させようとした可能性はあるとおもいます。



証拠は、無いから、自分の考察です。聞こえる声、本、物語、今起こっていることから、考えています。

隕石がやったことは過去の話かもしれないけど、過去の話を人間の世界に永遠に持ち込んでいる存在がある。

隕石はもう既に改心している、可能性はあると思います。

記憶がなく証拠も隠蔽されていて、怪しいとわかっていても強くは出られなかった。

隕石の存在を容易く処分できないのは、残される生命のことがあるからだと思います。


私は、女からの嫉妬や独占欲を受け付けたくありません。

私は、パートナーや、子供、仲間(仲間の場合は縄張り意識)、だけの特権だと思っています。

私は私という存在が、与えることが出来る喜びを感じています。


だから、あっても縄張り意識止まりでしょう。

依存体質からは、一切受け付けません。だから離れる選択をするでしょう。


人の自由意思を阻害してくるなんて、あってはならないと思っています。

私のことは私が決めるんです。


考察が全て正しいとは思いませんが、出来るだけ、相手に不都合な疑惑を持ち、調べることが重要だと思っています。


だってそうだったのに、知らなかったから事件が起こって巻き込まれたなんて、嫌でしょ?


この場合、依存体質の改善、隠蔽体質改善、自己愛、境界線の形成等、犯人に必要なことは私とは違いますよね。

疑惑を持つから、相手に与えることが出来る。


マザコンだとか、母子分離はこう言うところから来ているのかもしれませんね。

自分が生きていける、だけ、幸せだと思う方がいいし、母親からの愛情が幸せの全てではないですよ。

自分で作る幸せは、本当にいいものです。私はそれを実感しています。

自分とは違う存在があるから、経験が沢山存在し、沢山の幸せの形がある。

それって悪いことだと思いますか?


全ての投稿で、誤字、脱字、翻訳、等には気を付けて欲しいです。