濃茶席のお軸。
裏千家お家元十四世 淡々斎の筆による。
「平生心是道」 ビョウジョウシン コレ ドウ 。
「平常心是道」とも書く。
禅語の世界ではヘイジョウシンではなく、ビョウジョウシンと読むそうです。
その昔、中国・宋の時代、趙州和尚と南泉禅師との問答に由来する。
趙州問う「いかなるか是道」
南泉いわく「平常心是道」
ところで禅語でいう「平常心」とは、いわゆるわたし達が理解する
”普段と変わらぬ動じない心”という意味ではないッ!そうです。
「禅語に親しむ」という以下サイトから自分なりに解釈すると、、、
http://www.jyofukuji.com/10zengo/2001/06zengo.htm
何か問題が起きたとき、普段通りの落ち着いた気持ちになりたいがなれずに焦る気持ちがある、
それはアンチ平常心ではなく、まさにそういう迷いも焦りも含めて全部あるがままを受け入れる気持ち・・・
書けば書くほどわからなくなってきた~。
とても奥が深く、カンタンとは言い難いので、こちら千宗室家元の講和に譲る。
「慶雲五彩生」 ケイウン ゴサイをショウず
(薄茶席での掛物)
写真を撮るとこの暗さ。あらためてすごい。茶室の中の小宇宙。
この中で一席に15人ほどが薄茶を頂いた。
炉縁は菊と桐の蒔絵。
先生のご主人がこの日のためにお描きになった。