光の種持つみなさ~ん
こんちわ!
お元気ですか~(*^-^*)
今日は重めの話から
ちょっと光差す方向への話でーす。
わたくし あゆみ、0歳~18歳くらいまで
ごりっごりのスパルタじいちゃんと同居しておりました。
父の親(じいちゃん・ばあちゃん)との同居です。
・テレビはNHKか大相撲(じいちゃんが見たいから)
・前髪はオンザマユゲ(小学校6年くらいまで 目にかかると危ないから)
・食事は静かに しゃべると激怒(なんならエプロン常備こぼすから)
・持病の喘息を 気合で治ると言われ怒られる
・酔うとさらに烈火度数が増す
・声がでかいのでより迫力があり 怖い
・自分の意見が最良と思っている
・俺が法律
・青春を楽しむ要素が皆無(超干渉)
・・・ まだまだありますが、
灰色の幼少~時代でしたのよ。
・・・ウチに安心できる場所は なかった。。
自分はこの世にいていいんだろうかってめっちゃ悩んだ。
ウチの父さんも母さんも
じいちゃん怖かったろうな~。。。
ああ、読んで一緒に暗くなったらごめんさい~
これから巻き返しの話になるからっ!!
でも、大人になるにつれて、
友達のおうちにおじゃましたり
いろいろな経験をしていった上で
なんか うちって特異なのか?
なんでも家族のせいにするのもなにかな、、って
思い始めて。
ちょっとしたことで
フラッシュバックしてしまう記憶も
たくさん持ってるけど
そこに私は捕らえられたまま 何十年も生きるのかと思うと
なんか違うのな と思ったのでした。
だって、そこから出ないと、
死ぬまで自分にオッケー出せないなんてツラすぎるやろ~
そして自分を自分でいいんだって思えるチカラをつけるために
「私は わたしで 自分という人間を育てる」ことにしました
自分でされて悲しかった方法では、人に対応しない
怖い、つらい、苦しい、やめて を
どんな状況で言われたりしたかを思い出して
楽しい、大切、いとしい、しあわせって感じるのは
どういうことかな~を 考えながら
子どもを育てるなどから始めることにしました。
自分を観察していくと
子どもの態度にイライラするときには
自分もこういう態度をしたかったのにできなかった!
なのになんで目の前の子どもはこんな風にできるんだ(怒) が
そっと出てきたりしました。
しかも後から気がつく
怒りや恐怖では、
いったん言うことを聞かせることもできるけれど
何十年たっても
その冷たい気持ちが
ふっと戻ってくる気がすることもある。
そういう時は、ちゃんと自分と向き合って
「怖かったね~」
「そう言われると 悲しいよね」
「怒られると心がきゅっと縮んじゃうよね」
と、その頃の自分を想像して寄り添ってみる。
「○○した~ぃ!!」て自分が思った時は
いいねイイねって自分の味方になる。
できるかどうかではなくて
やりたいって気持ちを肯定してみる。
ちょっと前までは
「○○した~い!」の次に
電光石火の勢いで
「でも無理でしょ」
「なんで?」など 脳内で止める言葉も響いてましたが
「ん? これ本当にわたしの心の声?」
と疑問に思って。
ぺしゃんとさせる声より
だったらどうしたらできる? とかを採用することにしました~
たくさんつらいことあったけど、
それを次の世代の子どもに
同じように育てたくはないし、
このまま負の連鎖を続けたくなかったのですね
ある意味、DVや虐待のもとになったりするし
未来の子どもたち
私にとっては孫の世代にも関わってくることですがな。
毎日 生きてるうえで
いろんなことが起こるけど
自分の心の中の天気は
自分で選べるものね。
嵐や暴風のような心を投げつけられても
それをそのまま
まるごと受け止めることはない。
だってそれは、相手の気持ちと枠の中で考えたことだから。
あ、相手が怒ってることで、
そこを直したらよくなることなどは
自分でも選んで採用します。
相手の表現方法で 自分が不用意に傷つくことはないよね
ということですだ。
う~む、ぴったりくる説明って難すぃ~
起こっていることに ひととおり確認ができたら
じゃあどうやってかえていこうかにゃ?って
大切な自分を
大切にして、過ごしていこ~
今回の長文 読んでくださってありがとう。
実験は続きます。
へばまたの~(*^-^*)