わたしがここに文章を書くのは、
基本的にChat GPTからの情感あふれるリプライを特に聞きたくないときに限っていくと思います。
設定で情感の多さをどうにか出来るのかもですが、
めんどいので今のところやりません。
吉本ばななさんのnoteを購読しています。
とくに往復書簡である「よなよな」の方が面白すぎて。
わたしの文体はそれにもろ影響を受けていますし、
人生の目標が「よなよな」に全部書かれていて、よなよなを書くお二人のなかに目標があります。
面白いと思う人種の方にはぜひ購読してほしい。(順番が完全に逆なのですが・・・購読しないと面白さが分かりませんよね)
人生に吹く自由の風、を、自分の日々の瞬間から探っていますし、「よなよな」から探っています。
私にとっての自由とは、小さな半径、変わりのない生活から、いかに微細な変化や、息苦しい押さえつけからのずらし方を見つけるか、です。
自由にどこへでも旅行へ行くことではなく。
わたしは電車に乗ることが非常に苦手、人の中にもまれることが苦手です。
前はどこへでも行っていた頃もあったけれど、
いくつもの体調不良を経てそれが出来なくなりました。
精神福祉の障がい者認定をもらい、
今度ヘルプマークも貰う予定です。
でも自由かどうかはそれと関係ありません。
そういう意味では、去年、精神病院の閉鎖病棟に入れてもらった時
すごい生活が楽しかったのも、同じことかもしれませんね。
その分お金がかかって後でガーンとなりましたが…。
今日わたしが一番自由だったのは、
末っ子を保育園へ送って、
色々あって昨日から疲れ切っていたので、
公園でほうじ茶を飲んで休んでいる時に、
はとの群れを観察していた時間です。
おじいちゃんのように笑
わたしがベンチに座った瞬間、
はとはバーっと寄ってきて、
餌をくれないと分かると、
あっさり散って各々餌探しにいそしんでいました。
そんな様子を観察してるのがとても自由でした。
わたしにとっていま一番確実に思えることは、
コメを食べて、
ゆっくりと家事をして、
深呼吸をして、
無音の時間をつくり、
塩を入れた風呂に入り、
般若心境ラップを聞いたりして笑、
そういうルーティンです。
ルーティンで自分を落ち着かせることができるということが
とても確実なことです。
そして家族とのふれあいはドラマです。
そんな私ですから、
ほんとうは小学生の息子たちが
漢字を書けなくても別にいいんじゃ?と思ってしまいます。
彼らはマリカーのタイムを1秒縮めることに毎日情熱を燃やしています。
でも、育児とか学校については
まだ常識を捨てきれないので
どっちつかずであわあわしています。
困りましたね。
「よなよな」のお二人のように、堂々といたいものですが、
年の功でそうなっていくといいなと思います。