前回のお話↑



極限状態になりながらも、ベストだと思えるご縁をいただき、私たちはどうにかM&Aを達成した。

従業員の動揺は思ったより大きくて身を削られる思いだったけれど、あのまま続けていても彼らが望むものを提供し続けることはできなかった。

それはM&Aを通して、いろんな社長さんと話す中でも実感したことだ。逆に今までよくやって来れたなと思うくらい、私たちは理想で物事を動かしていたんだなと思い知らされた。

 

夫と従業員と私、三者並列で考えた結果として、夫と従業員、どちらも望まない方法を選択することになったのは事実。彼らの望みは私の「できない」の上に成り立っていたものだから、私は彼らに「できません」と告げるしかなかった。今までやっていたものを「できません」と言うのだから反発は大きい。

 

 

でも、私の中に後悔はなかった。それは今も感じていない。罪悪感は感じても後悔はない。どうやっても反発が起きる条件の中で最大限彼らを守るものを選択したのは本当だから、「他に方法はなかった」と言えるくらいには力を尽くした。

 

私が後悔していない理由は本音を伝えていたからだとも思う。もちろん嘘も方便的なものはたくさんあるけれど、大事な軸は嘘をつかないようにいつも気を付けていた。夫にもその都度自分の気持ちをありのまま伝えていた。それを相手が受け止めなかったとしても、それは相手の選択なのだから仕方がない。自分の方の気持ちを隠したりごまかしたりしなければ、それをちゃんと伝える努力をしていれば、人間後悔はしないのかもしれない。

 

 

 

会社の引継ぎを終えてからも、私たちはひと月を一緒に過ごした。

会社譲渡の契約が締結された時には東京行きを決めていて、その翌月には既に新居も決まっていたのだけど、各種手続きやらマンション売却&引っ越し準備やらで、まだ協力体制が必要だった。完全にお別れするまでのモラトリアム。その途中で離婚届を出した。

 

うだるような暑さの中、一緒に市役所に出向き、離婚届を受理されたのを見届けて、二人でジブリの新作映画を観に行った。『君たちはどう生きるか』まるで今の私たちのためにあるかのようなタイトルではないか。そんなふうに笑い合いながら映画館に向かったものの、実際の内容は正直よく分からなかった。宮崎監督の思いとは裏腹に「やっぱりトトロが好き」とか思ってしまう私たちは、荒波を乗り越えてきても相変わらずだった。

 

何も変わらなかった。離婚届を出す前と出した後、何か変わっただろうか。相変わらず今年の夏は暑くて、彼は彼で、私は私だ。私の中から彼が消えた訳でもない。映画の感想を言い合うこともできる。関係性は昨日からそのままの延長線上にあるのに、戸籍にバツが付くとか、苗字が戻るとか、私にはとても滑稽に思えた。

 

ずっとずっと追われるように走ってきた私たちは、このモラトリアムでようやくゆっくりとお互いの気持ちを話す時間を持った。離婚した後に愛情を確認するって皮肉だけれど、道が違っていることはもうお互い分かっている。そこに愛があるかは問題じゃない。自分にとって自然な道をお互いが選ぶことが大事なのだ。

もちろん不安や恐れは尽きなかった。そのひと月の中でも感情が揺れ動き、ぶつかることもたくさんあったし、仲良く過ごしたい気持ちとやっぱり合わないと思う気持ちは常に入り混じった。

 

ずっと裏方にいた状態で、つまり自分一人では稼げていない状態で、単身東京に行く不安ももちろんあった。もうそれなりの年なので「東京には素敵なことが待っている」なんて夢見る気持ちはさすがにない。でも、地元ではもう流れに乗れないことだけは分かっていた。地元にはない流れを求めて東京に出る。稼ぐ手段をあれこれ現実的に模索している夫の傍らで、私にあるのはそんな感覚のみだった。

 

その月始まった『バチェラー5』の配信を最終回までやんややんやと二人で見届けて、私たちは一緒に過ごしたマンションを空っぽにすると、それぞれの新しい道に向かう旅立ちの時を迎えた。

 

と言っても、猫ちゃんを連れて大荷物で移動するのは大変だったので、東京の新居まで彼が付き添ってくれることになった。

東京駅から新居までの移動はあらかじめペットタクシーを頼んでいたのだけど、その移動中、私たちの前には何とも東京らしい景色が流れていった。東京駅のレンガ造りで有名なあの外観に始まり、首都高からは東京タワーや皇居周辺などのシンボルマークとなる建物が次々と見えた。

東京には何度も来ているけれど、着いたらすぐに電車に乗り換えて、ゆっくり眺めることがなかった景色。そのいかにもな「ザ・トーキョー」の眺めは、まるで東京が私を歓迎して見せてくれているように感じられた。

新天地に東京を選んだ理由が弱かった私にとっては、その感覚だけで一つ「正解」をもらったように思った。

とりあえずそれだけでいい。

 

ペットタクシーの運転手さんは、沖縄出身の若い女性で、首都高の運転は最初怖くて車線変更もままならなかったと言っていた。それが今はお客さんを乗せて走っているのだから素晴らしい。

みんなそうやって生きていくのだ。

静かな決意を運転手のお姉さんにもらって、私たちのモラトリアムは終焉を迎える。




 

 

《つづく》