前回のお話↑



アーティストタイプの夫は、何というか、非常に躍動感がある人で、思考も行動も落ち着きがなく会話もあちこち飛ぶのが常。興味が持てないことは全く覚えられない。

でも、ひとたび集中すれば他の人が追い付けない仕事をし、目標数字は必ず実現する。人懐こい愛嬌と職人気質の頑固さを併せ持つユニークな人物である。

 

野心が強い割に彼の自己評価がとても低いのは、平均を目指す日本教育下ではおそらくダメな子扱いされてきたんだろうなと勝手ながら推測していた。付き合うには気力も体力もいるけれど、口先だけで仕事が出来ない、あるいは覇気がない人が多い中で、彼はとても面白かった。


だから、経理や公的手続きをちょっとは覚えてほしいと思いつつ、無理にそれをさせると彼の才能が鈍ってしまうのもよく分かっていた。

私も本来はアーティストタイプなので、経理や事務的な作業は苦手なのだけど、訓練すればこなせるようにはなる。でも、彼の場合は訓練とかの話ではない。経理や事務的な分野を受け入れる余地が一切ないタイプなのだ。

そんな彼に事務的作業をやらせようものなら、まるでコントのような失敗を次々繰り広げ、ビックリするくらい全てが上手くいかなくなる。

 

彼は天才なのだ。天才が理解されにくいのは定石だし、天才が世に出るにはサポートが必要不可欠。

サポートし合う関係性になれたらと願っていたけれど、彼の才能を想うなら、彼に人のサポートをさせるべきではないと私は痛感していった。個性を大切にしたいと思っている私が彼の個性を潰すようなことはしたくないという、私なりのプライドもあった。

 

とは言え、彼のサポートにかかりきりになると、私のアーティスト性が死んでしまう。私の代わりに彼の個性と才能を理解して、一緒に会社を運営してくれる人物が現れてくれないだろうか。そう願いつつも、同時に、そんな人いるだろうかと私自身想像することができなかった。

 

とにかく会社を大きくして、自分のお店のブランドを誰もが知るものにしていきたいというのが彼の夢。そのために店舗を増やし、従業員を増やしていこうと意欲的だったけれど、私にはどうしてもその方向性が良いとは思えなかった。

 

彼は経営者と言うよりアーティストだ。技術者としてもっと羽ばたける人だと思っていた。それなのに、人とは違うせっかくの感性を、組織を運営するために押し込めて、神経をすり減らしている。そんな彼の不自由さを私は切なく感じていた。なぜもっと自由に自分の才能に合った組織を作ろうとしないのかと憤ってもいた。

けれど、彼自身が自分の良さに気づいておらず、それを望んでいなかった。おじさんの美容師は敬遠されるから、いずれ顧客が少なくなっていく未来を考えて、経営側に回らねば男性美容師の生きる道はないのだと言う。生きる道がないと言うのは、収入が少なく発展性がないという意味だ。

 

彼の言うことは分からなくもないけれど、私は受け入れたくなかった。そういう男性美容師も多いのかもしれない。でも、彼がそうだとは思えないし、決めつけるのは早いのではないか。自分のアーティスト性を抑えて、組織の運営のために従業員の指導や対応に頭を悩ませる。日々人材の確保に苦しみながら組織を拡大する。それが彼の夢だと言うけれど、三店舗まで増えて着実に現実化しているけれど、肝心の彼が全然楽しそうに見えない。

 

もちろん、「苦労はしているけど楽しい、充実している」という場合もあると思う。もしくは「充実に至る前の苦しみ」ってこともある。でも、彼の場合どうしても合っていない感じがした。

妻の目からしたら、それが「乗っているか、乗っていないか」は一目瞭然だった。

組織の拡大は彼の道ではないように私には思えてならなかった。



《つづく》