もう、すでに、あった。
2022.6.13〜19地元福岡へ帰省しておりました〜今回の帰省は沢山の気付きがあったから、思い出と共にブログに残しておこうと思う『もう、すでに、あった。』これが、帰省中久しぶりにおばあちゃんちに行った時の大きな気付き。ちょっと前から、私の大好きなお友達のみんなが農業サークルを始めたんよね。お米作りから畑まで、本当に素敵な想いで活動してる!だから、みんなの笑顔もいつもキラキラしてる!!写真を見てても話を聞いてても、こっちまで元気になる!ってくらいなんだけど、自分が農業をしに行きたいか?と言われたらそうじゃない。(もっといい書き方なかったのか)この『農業はしたくない』に小さい頃の記憶が関係してることは自分でも気付いてた。おじいちゃんおばあちゃんちは田舎で、毎週毎週田んぼや畑のお手伝いに行かないけんやったんよね。周りのみんなは家族で公園行ったり、遊園地行ったり、買い物行ったり。なのになんで毎週毎週お手伝いなん!!暑いし、きついし、もう嫌!私も遊びに行きたいんやけど!!(と心では思いながら言えるはずもなく。笑)毎週そんな気持ちで連れて行かれてたから、農業=嫌なものになってたし、もはや『おじいちゃんおばあちゃんちに行く』こと自体がすごく億劫になってた。みんな、なんでこんなに純粋に農業を楽しめるんだろう??そう思って旦那や周りの人に聞いてみたら『小さい頃農業に触れる機会なんてなかったから、こういうの新鮮で楽しい』って言葉が返って来て、衝撃を受けた。あぁ、そうか。私の中の『当たり前』が誰かの『特別』であるということ。これに気付けてなかったんだ。この気持ちに気付いた後におばあちゃんちに帰省したんだけど、何年かぶりに帰ったおばあちゃんちには、私が『嫌い』と思っていたものが『感動』として全部残っていた。綺麗に咲くお花達。果樹園かと思うようなフルーツの数々。その周りを飛ぶ蝶々達。お昼どきで眠くなってるカエル。思い出すだけで涙が出る。仏間に飾ってあるお地蔵さんを洗ったり着替えさせたりしてたらおばあちゃんが、『じいちゃんがあゆみ、あゆみって毎週言いよったねぇ』って言ってきて、さらに泣けた。私は毎週毎週『行きたくない』と思いながら行ってたのに。『会いたい』って思いにこんな気持ちで向かってた自分に後悔と、何とも言えない気持ちになった。私が当たり前と思っていた日常には、気付いていなかっただけで沢山の愛と、貴重な経験や触れ合いがもう、すでに、あった。こんな簡単なことに大人になってやっと気付いて、何でもっとあの時を大事にしなかったんだろう、って気持ちが出てきたけど、もうあの時には戻れない。だから、今ある日常にもっともっと感謝して、ひとつひとつを大切に感じながら過ごしたいと思った。当たり前なんてない。みんな、誰かにとっての特別を過ごしている。ここに気付けたら、今どれだけ自分が恵まれているのか、幸せに囲まれているのか、なんだかわかってくる気がしたよ^^あーまた長くなった!笑最後まで読んでくれたみなさん、本当にありがとうございますこの記事をいつか読み返す時、私は何を感じるんだろう。その時を楽しみにしながら、また毎日を大切に過ごしていこう。今日も、ありがとう