久々の、【坂本つとむ】論である。アホファン、この時ばかりは、かたく、かたくなに、したためる。

【坂本つとむ】の魅力。一番は、当たり前だが、その〈音楽〉に、ある。

いつも、私は、書いてきたが、【坂本つとむ】の音楽に出会うまでは、私は、かたくなに、音楽嫌いであった。複雑な音階やら、リズムは、私には、分からない。

校歌等、すべて、当たり前に歌えなかったし、覚えられなかった。あり得ない、かもしれないが、私は、国歌と言われる曲さえ、覚えていなかった。拒否反応、音楽というものに対して。

だが、不思議と、【坂本つとむ】の楽曲は、入ってくる。最初のライブに参加した際も、帰り道に、全てではないが、口ずさんでいた、自分がいる。

それを、ひとにより、「洗脳ソング」とも言われたりするが。これは、【坂本つとむ】には、想定外の酷評ではなく、想定内の、いわば、狙いではないかと思う。

この、耳に残る、シンプルさは、【坂本つとむ】の、近年の作風ではないか。

デビューからの話はまた、次回にでも。(笑)私が知り得る、ここ二、三年の、【坂本つとむ】は、手紙にリズムをつけたような、メッセージ性が、強すぎる作品よりは、シンプルなリズムに、覚え得る、歌詞で表現している。

私が、思うに、楽曲は、一回聴いて、お腹がいっぱいになるのでなく、何度も何度も聴いて、時には「聞いて」、いけるのが、醍醐味ではないか。真髄ではないか、と感じている。

その私論が万人に適合するとは、思わないが、私には、その私論に適合したのが、【坂本つとむ】であったのであろう。


そして、私が【坂本つとむ】を、見定めた、一番のキメテは。

疲れはてた時に、聴きたいかどうか、という視点である。根本的に、私は、NO MUSIC でも、LIFE は、あると思って生きて来た人間なので、疲れはてたら、静寂を癒しにしていた。
音楽は、邪魔で、あった。

が、色んな道筋が用意された中で、
疲れはてた時に、何が聴きたいのか。
また、極論だが、無人島に一人で行く時、持って行きたいCD・そして歌声は?
と、考えた時に、確信したのが、【坂本つとむ】であった。

例え、【坂本つとむ】の人間性、私生活、に問題があろうと構わなく。それでも、【坂本つとむ】の音楽が必要であった、私には。

(もちろん、坂本つとむ、尊敬しているが。今や。)


【坂本つとむ】の、タレント(才能)、切り口は、多様にあり。語りは、楽しい事で、定評がある。私もそれは、肯定する。

だが、私は、楽しさを、【坂本つとむ】に、求めない。人柄のあり方も、気にしない姿勢を取って来た。つもりである。

それは、【坂本つとむ】への、敬意で、である。音楽へのかたくなな、こだわり、ミュージシャンとしての自覚の強さへの、敬意である。

「つーちゃん」としての親しみがある。私にもある。

が、なれなれにならない、距離感を持つように見える。そこが、私には、魅力である。私的な感情として、一時は、私も一応、女性ファンであるから、(笑)、距離を縮めたい感情を持った。が、

【坂本つとむ】は、ミュージシャンとして、在る、という認識に戻りついた。まだ、近づきたい感情はあり、ジレンマなのだが。(笑)

私は、【坂本つとむ】の持つ、距離感を、大切にする、ファンでありたいし。なって行きたいと願っている。


そして、最後に、そんな私というファンであるが、今や、【坂本つとむ】のファンであるが、同時に、坂本つとむの、ファンでもある。

イイ人だから、とか、笑顔がステキ、という事が起因でなく、音楽を先に、愛した事を、私は、悪い事でないと思うし、【坂本つとむ】も、悪くは、思わないだろうと考える。

むしろ、誇りに。


来年は、【坂本つとむ】、様々なトライをするだろう。ゆえに、その魂の在処(ありか)が、分からなくなるかも知れない。

だか、詰め寄らず、ちょっと、傍観したい。

ファンだから、褒めすぎ?になるかも、だが。

少なくとも、一ファンの私が心配するような事は、私が言わなくても、把握されており、心配している、ファンをも把握しているように思う。

ゆえに、ファンとして、あまりくよくよな、存在ではなく、私は、幸せになりたい。


出来るだろうか?

メロディよ、導きたまえ。

(写真:全て近年の、【坂本つとむ】)