朝から降っていた雨は夕方には小降りになった。
鮎熊之助は大きくため息をつくとゆっくりと立ち上がった。
(そうだ。行かねば)
今日は釣具店に行く用事がある事を思い出したのだった。
家の者には
「夕飯前に少し出掛けてくる」
とだけ伝えた。
寒くてはいけないと思い羽織を手に取ると家の外に出た。
すでに雨は止んでいた。
(ちょうど良い運動になる。テクテクと歩いて行こう)
鮎熊之助はそう考え歩き出した。
(待てよ。長い道中、途中で降られては困る。傘を持って行こう)
家の中に戻ると傘を持ってきた。
家の者が何か話しをしてきたが聞こえないフリをして急いで家から出てきた。
出掛ける場所を尋ねられるとあまり良くないからだ。
さて出掛ける釣具店、釣具のイシグロ掛川店はテクテクと歩いて12分程。
途中で雨に降られる事は無かったが、道は雨上がりで濡れているし空気もじっとりと湿っているので鮎熊之助の着物は湿りぼったくなった。
(ふぅ〜。やっと着いたか)
足元が悪いうえに暗い夜道だったので遠く感じたのだ。
店の前は若い侍連中が乗ってきた早駕籠でいっぱいだ。
(だいぶ、儲けているな)
と、そんな事を考えながら店に入った。
鮎熊之助は店に入ると近くにいた女中に尋ねた。
「拙者はダイワの鮎のカタログをもらいに来たのだがあるかな」
するとすぐに返事が
「そちらにございます」
指を指す方を見るとそれはあった。
今日は鮎熊之助は他には用事は無いので
「これ貰って行くでござる」
そう伝えると店からカタログを持って出た。
鮎熊之助が釣具店に行かねばと言う用事は鮎のカタログを貰いに行く事だったのだ。
(今夜はコレをゆっくりと拝見しながら眠りに落ちる事にしよう)
(釣竿を買うような良い夢でも見る事ができればいいが)
そんな事を考えながらテクテクと家に帰る鮎熊之助であった。
おしまいです。