大阪の一口餃子は、今や原田のぶろうのTVCMでお馴染みの『点天』が有名です。
本日は、『点天』誕生秘話として、北新地で誰ともなく語られている秘話をご紹介しましょう。
点天のルーツは、『天平』です。
高度成長期、北新地の北の端、東映ビル裏に、
メニューは、一口餃子(30コ・50コ)、漬物、ビールしかない『天平』と言う一口で食べられパリパリした食感が美味しい餃子を出す店がありました。
北新地に行く前に、腹ごしらえに立ち寄るサラリーマンで、連日満員でした。
餃子なのに、油っこくなく、パリバリの食感が心地よく、珍しいのと美味しいので、北新地店にお土産に持って行く人や家族に買って帰る人が増え、作っても作っても売れる大繁盛店になりました。
しかも、北新地のクラブもお客が持って来て美味しかったので、焼く前の餃子を買いこみ、店のメニューに加えるところも出てきました。
80年代はまさに行列のできる餃子になり、店で食べる人、おみあげに持ち帰る人、新地の店から買いに来る人、益々繁盛を重ねました。
餃子は母親と息子で作り、息子が焼き、アルバイトが漬物やビールの運びや皿洗いをしていました。
山と積まれていく餃子、作っても作っても、すぐなくなります。
一回で100コづつ焼きつづけます。
おみあげで100コお持ち帰られます。
お店から注文で500コ取りに来ますとの電話。
まさに繁盛店でした。
ところが、この店の問題は、母親と息子の性格が宜しくなく\(*`∧´)/、いつもアルバイトをいびり、すぐに辞めていくことでした(iДi)。
店に食べにいくと美味しい餃子と性悪なやりとりのアンバランスがあり、これもまた店の雰囲気として面白いものでした。
しかし、そんな陰湿ないじめを我慢し、ついに「天平」 の一口餃子の作り方を盗み、
独立した人がいました。
この辛抱ずよく根性のある人が、「点天」の創業者だという話です。
北新地の南の端で創業。
天平の接客の悪さを反面教師とし、美味しい餃子で瞬く間に
天平を追い越し、今や大阪の一口餃子の代名詞は「点天」になりました。
TVCMも出し、新大阪、空港のお土産もの屋にも出店し、東京進出も果たしました。
と言うことが、本当かどうかは知りませんが、
最近の天平は、客足が少なく、妙にお母さんも息子も親切になりました。
新地に売店も作りました。
でも味は落ちていません。

