色々なことがありました。
まず数日前(何日だったかもわからない)普通に病院へ行き
これから始まる抗がん剤の説明をうけてきました。
そして喉の生検の結果も。
結果、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫。
まえからそういってるやーんって話なんですがそうはいかなくて。
治療中に新たに癌細胞が増殖しているとのことで結果
びまん性、バーッキット中間型という、さらに難しく珍しい型だそうです。
珍しいのでこれといった治療法が確立されていなく、びまん性にもバーキットの治療にも
どちらも効果があまり期待されないとのこと。
なので治療は日本でできる抗がん剤がほぼすべて使い一気に大量に点滴してやっつけるという強力な抗がん剤治療にはいることになりました。
R-CODOX-M療法という治療にきまりました。
100日くらいかけて一気に数日連続で抗がん剤を点滴するという。
その治療が効果が見られなかった場合は化学療法での治療は無理です、と言われました。
その後の治療は移植。
移植が無理な場合はもう治療法がない。と。
あーこんなにはっきりいわれるんだな、、、と茫然と聞いていました。
しかしもう待ったはきかないくらい腫瘍は勢いよく増え続けている状態です。
もうこの強い治療にかけるしかないよね。。。と二人で病室へ戻ったところで
看護婦さんに
ちょっと奥さんだけ帰りにナースステーションによってもらっていいですか?
と言われ
なになに、気になるし食事のこと質問したからそのことかもだから行ってくるわーっと
病室を出てナースステーションへ。
先生がでてきて
あれ、旦那さんにくること知られてますか?
なんていうから
はい。。。なんでですかって言ったら
そうですかー。。。さっき奥さんがいっておられた、R-CHOPの結果をもうちょっとみたほうがいいんじゃないか、再発のことも考えて手数を残しておきたいって言っていた話なんです。
と言われ相談室へ。
その時の事はあまりよく覚えていません。
とにかく、一刻も争う状況で腫瘍が勢いよく増えています。
治療法を決めるのは自己判断ですが、強い治療をするしかないと思っています。
そしてそれは効果があるかはなんともいえません。
その治療をすると高いリスクがあります。急変することも可能性としたら多いです。
治療をはじめたらもう終わるまでは帰れないと思ってください。
100人中50人の生存率が5-28か月です。
と言われもう頭が真っ白になりわんわん泣いて
まだ3歳の子供もいるんです。
お願いだから助けてください。なんでもしますから
ととにかく泣いて悲願して絶望感でいっぱいでした。
話が終わって部屋にもどると私の顔を見て旦那も察したのか
すべて話してほしい、とのことだったので話をしました。
その時の旦那の辛そうな苦しそうな顔を今まで見たことのない顔を直視できませんでした。
言ってくれてよかった。あきらめないけど。。。。何かあったらモルヒネでも打って家に。。。
と声を詰まらせて。
こんなに生きていて辛くて悲しいことってあるんですか。
どうしてこんなに子煩悩で家族思いの自慢の旦那がこんな目にあうんですか。
どうして私じゃなくて旦那だったんですか。
どうして、どうして、という思いでもうおかしくなりそうでした。
