年末に鎌倉の記事が途中になってしまったので

その続き・・・というよりも新年新たに鶴岡八幡宮の大銀杏にスポットをあてて

ブログネタにしてみました~アップ


鎌倉に訪れると必ずといっていいほど訪れる鶴岡八幡宮ですが

鎌倉駅からも徒歩で行ける距離にあり

若宮大路を歩くと真っ赤な鳥居が迎えてくれます


その境内、朱塗りの社殿と並ぶように階段横にそびえ立つ大銀杏は

鎌倉二代将軍頼家の子である公暁が三代将軍実朝を暗殺した際に

隠れていたという伝説が残っています

そのため、「隠れ銀杏」とも言われていたそうです


とっても太く立派な幹を持つ銀杏の木は、たった一本なのに

ものすごい存在感で、銀杏が色づく時はさらに鮮明にその姿を

目に焼き付けてくれました


しかし、平成22年3月に、樹齢1000年のこの大銀杏・・・

強風により倒伏してしまったのですグルグル

いつも銀杏をみることを楽しみにしていた私は

このニュースを聞いてとっても残念で仕方がありませんでした


そのニュース以来、久しぶりに訪れた八幡宮!

本当だったら時期的にも黄色く色づいた大銀杏が

遠めからもくっきりと見えるはずだったんですけど・・・

そこにその姿はなく、実際にないことを目の当たりにすると

さみしさも倍増してしまいました(´・ω・`)


そんなさみしい思いを抱えながら銀杏がもともと立っていた場所に

近づいてみると・・・


あれ???


あゆい旅籠


倒れた幹が隣に移植されているではありませんか!!

しかも・・・切断し、残った根の部分からも新しい芽が出ている!!双葉


新しい命が頑張ってるんだな~ってさっきまでのさみしい気持ちが

吹っ飛んで行ってしまいましたよにっこり

うまくいけば移植した幹も、根から出た若芽も成長するんですかね?


まだまだ大銀杏の再生には時間がかかるでしょうけど

またいつか立派な姿を見せてくれるといいなぁと心温まりました


大銀杏前の駒札に

「皆様の祈りが頑張る大銀杏のエネルギーになります。

何卒見守り続けて下さるようお願い申し上げます。」

と書かれていました。私の頑張れパワーも届くといいな音符



あゆい旅籠


はぁとvはぁとv


年末の鎌倉旅行ブログで円覚寺と浄智寺を紹介しましたが

実はこの旅のメインは「長谷寺のライトアップ」だったんですねライト

ほんと、真っ赤に染まるもみじや湖面に映る木々が幻想的で

素敵だったのでゆっくり紹介したかったのですが・・・

パソコンが故障したために年内に記事が更新できず

季節外れになってしまいましたガビーン


ここで写真だけちょこっと載せさせてくださ~い音符


あゆい旅籠


紅葉も終わりかけでしたが見事な赤ですね



あゆい旅籠


途中のお地蔵様にほっこりにっこり



あゆい旅籠


本堂もライトアップ!綺麗だなぁ



あゆい旅籠


長谷寺にも以前遠州三山の時にちらっと記事に書かせてもらった

一回廻す事で一切経を読んだと同じご利益が頂ける「輪蔵」がありました

本日は廻せませんだって・・・むー



あゆい旅籠


水面にうつる紅葉も幻想的ですね



あゆい旅籠


寒かったけどギリギリライトアップに期間に間に合ってよかったです


音符END音符

今年の新年一発目の人物紹介は誰にしようかなぁと

悩んでたのですが・・・

昨年の一発目が近藤局長だったので・・・次は土方さん?

いやいや、土方さんはもうちょっととっておくこととします


今回は~~

役職的に近藤さんに次ぐ地位の参謀に就任した

伊東甲子太郎先生で~すぱちぱち


あゆい旅籠


この写真からしても役者絵みたいな感じですよね

新選組の面々とは毛色が違うといいますか・・・


大河ドラマでも谷原さんがスマートに演じてましたけどキラキラ

伊東先生がもし自分の近くにいたら

議論で踏破され剣術でも力を見せつけられ

温厚な笑顔の下でバカにされてるんじゃないかとか・・・

勝手に思ってしまいちょっと距離をとってしまいそうです笑


今でも伊東先生みたいな優等生タイプは尊敬する一方で

警戒してしまい近づきがたかったりして笑

まあ、それは私の偏見なんですけどね


伊東先生は常陸国志筑藩出身で、元の名を鈴木大蔵といいました

少年時代に、水戸に遊学し、そこで神道無念流を学ぶとともに

尊王攘夷思想のルーツともいえる水戸学を学びます

のちに江戸に出たときに北辰一刀流の伊東精一の道場に入門し

師が病没した後に婿養子となり伊東大蔵となったんです


剣を学び、水戸学を学ぶ・・・伊東先生の強い尊王攘夷思想は

この頃にすでに形成されていたんですね


一道場主として生活していた伊東さんですが

元治元年9月頃、新選組の江戸での隊士募集のおりに

藤堂平助の斡旋により近藤勇と面談し、大いに気に入られ

実弟の三木三郎はじめ数名を連れて新選組に加入を決意しました


その時名前も改めたそうで、

干支にちなんで甲子太郎としたそうです

加入時の干支を名前にするなんて並々ならぬ決意を感じますよねアップ


近藤さんは農民出身で学に乏しいため

同じ攘夷思想をもち、それを時勢になぞらえて熱く論じることができる

伊東さんに一目置いていたであろうし

伊東さんは伊東さんで同じ一道場主という立場であった近藤さんが

今では新選組という大組織を率い京都で名を馳せていることに

感銘を受けていたんだと思いますね

両者、魅かれるべき所があったんですよねうんうん


そう考えると、足りないところを補い合って

新選組でうまくいきそうだな~なんて感じもしたんですけど・・・

そんな考えじゃ「甘い!!!」って土方さんに怒られそうですね汗


実際、伊東さんは教養人で温厚な性格であったため

新選組内でも瞬く間に人望を集めていったのですが

幕府を重んじだんだんと佐幕よりになっていく新選組と思想が合わなくなり

慶応3年3月、14名の同志と共に新選組から分離し

孝明天皇の陵墓を衛る「御陵衛士」となります

共に離脱した中には、江戸から一緒に出てきた藤堂平助や

斎藤一の姿もありました


分離後、伊東さんは表面上は薩摩の動向を新選組に知らせてはいたものの

尊王攘夷派の薩長と通じ、こっそりと討幕運動を進めていました

そして、薩長の信頼を得るため、また、倒幕のための武力を

新選組から吸収するために近藤の暗殺まで画策していたのです


しかし、伊東さんの分離の真意を見抜いていた近藤・土方は

間者として送り込んだ斎藤の働きもあり、伊東さん粛清の決意を固めたのです


先手を取られる形で国事を語り合おうと近藤妾宅に呼び出された伊東さんは 

酒を飲まされた帰り道に新選組隊士により襲われ本光寺前で絶命しました


さらにその遺体を七条油小路に放置、遺体を引き取りに来た同士も襲い

藤堂平助を含む3名が命を落とすという悲しい結末になったのです



同じ新選組で短い期間であったとしても行動を共にしてた両名が

終いにはお互いの存在が邪魔になってしまったんですね

皮肉なことです(=´;ω;`=)


伊東さんからしてみれば御陵衛士という名目を立てて

上手に脱退できたかのように見えますが、新選組にも行動を怪しまれ

維新を前に名を馳せようと攘夷志士達に積極的に働きかけたものの

佐幕派の新選組からつい最近鞍替えしたかのような身では

なかなか倒幕派にも信じてもらえず・・・

いまいち維新の波に乗れなかったように思います


新選組をのっとろうとした大胆な考え方や

殺害された日、一人で酒宴場から帰路についた行動を考えると

自分の考えや腕に相当の自信があって己は国事を動かすリーダーになれる

と自負していたのかなぁ

人として尊敬できる人物であっただけに、ちょっと軽率な行動だったかな

って思える最期で残念です(´・ω・`)


策士、策に溺れる・・・

なんだか大分前に書いた清川八郎さんとちょっと似た感じを覚えました

この時代、ちょっとした油断が命とりですねガクブル


自信家さんは要注意です!!!

こんばんは!


年末に引き続き書きたいことを羅列したタイトル・・・

なんともセンスなしですね


そんな前置きはおいておいて・・・

皆さん遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございますsei

今年もどうぞよろしくお願いいたします!


全然年末って感じがしな~い!なんて言っていた私ですが

お正月をかなりヌクヌク過ごしていたため

いつものペースに戻り切れてません顔2


そんなヌクヌクの中、作ったものがあるんですけど・・・

「メタリックナノパズル」って皆さん知ってます?


接着剤などは不要で、パーツを折ったり曲げたりすることで

作れるキットなのですが、出来上がりが結構きれいなんですよキラキラ



あゆい旅籠-D1000125.jpg


・・・ちょっと不器用なためせっかく作った五重塔が歪んでますね冷

これだから初心者はいやだいやだ笑

(直してしてから写真撮れって感じですよね)


でもこのパズル・・・楽しいんですけどほんとちっちゃいんですよ



あゆい旅籠-D1000126.jpg


じゃ~ん音符私の手と比べてもこの通りです


メタリックナノパズルの中では「ブラックパール号」という帆船が

出来上がりが一番美しいそうなんですが一番難しいみたいです・・・

機会があったらそちらもチャレンジしてみようかな~

個人的には日本の建造物を増やしてほしいです!



そうそう、念願の大河~八重の桜~はじまりましたね

「ならぬものはならぬ」は厳しい中にもどことなく暖かさを感じる

言葉だなぁと見ていて改めて感じてしまいました

会津弁は結構聞き取れてなかったんですけど・・・私だけ?笑


容保様の人の好さも出てましたし、兄覚馬の包み込むような

優しさもいいですよね~(´・ω・`)

八重の周りの人はあたたかくてそんな人たちに囲まれて育った八重だからこそ

家族や会津、そして容保様を敬う心が自然と芽生え

今後のたくましく生きる原動力になっていったんでしょうね


明るく前向き、そして向上心あふれる会津の気風がとっても気にいてしまいました

ヌクヌク育った私には持ってないものだからでしょうか~ぷぷ


最後の方で、覚馬が黒船を見て船

「自分も必ずこの船に乗るんだ」って言っているシーンがありましたが

突然黒船という見たこともない巨大な鉄の艦隊が押し寄せてきた時に

このセリフ・・・

長年鎖国をしていた国ではなかなか持ちえない考え方ですよね


ペリーが来航する前から洋学を学び、日本の海岸防備のもろさに

危機感を抱き、自らも私塾を開き洋学の知識を与えていた

佐久間象山という人物の偉大さがわかりますよね~今更ですが・・・


今後の展開がと~っても楽しみですd.heart*


清盛では祐樹くんが出演してましたし、八重では綾野剛さんと斎藤工さんという

好きな俳優さん達が出演してくれているので

そちらも個人的に楽しみたいと思いますわぁい