19日の10時半から12時10分まで
岩手県から山田町町民へ
県復興計画(案)住民説明会が行われた
その帰り道、船越にたちよってみました。
船越にはいとこ、親戚がいます。
船越には震災時のカロウの悲談もあります。
そして今はボランティアセンターがあります。
↓がれきの山の向こうの白い建物が
クジラの博物館です。
終戦当時の食糧難と世界的なクジラ油の需要がある社会背景。
横須賀に停船のアメリカ海軍の揚陸艇をヒントに開発された
捕鯨船、山田町には日東捕鯨株式会社の基地がありました。
クジラを解体しているシーンや処理した魚のにおいを覚えています。
当時は山田の人は私の実家の近所に産廃を捨てていました。
夏場の異臭は我慢の限界でした。
今の被災地の魚腐臭はなんとかしないとならにですね。
↓この左側の林の向こうのお寺とお墓は流されました。
私の先祖が眠る墓地はお盆までにはなんと復旧するのか。
高台の墓所なのでなんとかお骨は残っているのか?
先祖伝来の檀家の位牌やら流されたのか・・・
↓津波当時の海水が残っています。
雨がふると瓦礫をつたった水がまた溜まり
環境汚染も心配されます。
県職員の方は手立てを最終処分の手筈を
整えているそうですが。
一番のネックは中央の政治家がジャッジしない
決めれないからだそうです。
中央省庁・政治家なのか?官僚様なのか?
すべてを把握しないとGOが出せない
そういった世界の方々のようです。
全量把握して計算して・・・
やりかたなんですね。
早くジャッジしていただければ
県職員の方で実行するのみだそうです。
中央の判断の遅れが作業遅延しているそうです。
漁港です。この写真の背、山側に船越小学校があります。
無残な小学校・・・。
こんな感じ、現地ではまだまだ片付けがたくさんあります。
↓防潮堤は設計仕様を見直さないと。
積み木のようにひっくりかえされている状況。
足元の基礎部分の土を削り取られ
据え置いた巨大なコンクリートブロックが
ころん ってひっくり返っていました。
↓漁協も復活しないと。
どこに再建したらよいか土地の問題
復興計画は住民と懇談会を繰り返し 12月迄かかるそうです。
↓ ころん
↓気温23℃ 涼しい。遠くに見える山にある
荒神様は無事かな。。。
↓ ころん
↓ 足元の砂利が削り取られている。
上物の巨大コンクリートは ころん
↓ こちらも ころん。
↓再び戻り 船越家族村へ
↓木材は重機に投入してチップにしている
野焼きもあり。
↓ ものすごい勢いで木材 破砕機が動いていました。
たくさんの木材チップが 吐き出されていました。