お互い困った時は助け合いの精神「結」がそんさいしていた。炊き出しおにぎりづくりと材料を持ち寄る非被災地域の人達。震災から23日間続いている。困ったときはお互い様。 そしておにぎりは避難所の方々へ届けられる。ボランティアという言葉が入る前、昔から結は存在していた。山田町豊間根地区
過去の教訓を現代に置き換え共有することが大切。東北大学院・越村准教授(工学研究科災害制御研究センター)。明治津波は当時国家予算の10分の1の被害額推定。それでもしなやかに立ち上がったのは、津波後の豊漁や高所移転が再建につながる。一方、当時の高所移転の問題点は、1.土地への執着心、2.大漁が契機となり浜小屋を作ってしまった、3.津波を知らない住民の移入 など。 また津波がどこまできたか詳細に把握することが復興計画や生活再建に重要。そのうえで 住民の生活再建、希望につながる水産産業の復活に優先的に取り組みたい。法制度や融資、漁船確保や市場の再開、食の安全宣言が不可欠。復興への三陸全体のグランドデザインを早く描かなければならない。と強調した。




