姨捨山。 | そこはかとなく・・・

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おもむろに書き始めてなんとなく終わるヒトリゴト。

姨捨山って稀有なネーミングだよな。
そんな姨捨山から夜景を眺めるツアーがあるのだとか。
母は明日、それに参加するらしい。

戸倉駅集合でおやつをあれこれ用意する母に、
「いつでも遠足ちゃん」もしくは「どこでも写経ちゃん」と名付けようかと。
来月はまた別の場所で写経するついでに小諸行ってこようかなとか楽しそう。
なにそのナントカ所縁ツアー。私が行きたい。

いってらしゃい、見てらっしゃい。
長野への思い入れは思ってた以上。どうしても長野に還りたいと遂に明言。
「死後はあそこに入りたいの」まるで楽しみそうに雲の上を望む母に、
私はどこに入ればいいんだ、私も雲の上がいいな~と適当に言ったら
結婚しないなら遺言書いて誰かに頼んでおけばいいと軽く返された。
誰かって。

30歳にして遺言書いておけって言われるとはな。

遺言。

なにを遺そう?
開けた人が涙なしには読めないような感動ストーリーでもこさえようか?
びっくり驚いてほっこり心が温まるようなサプライズでも包んでおけるかな?
超古典的にびっくり箱に入れておこうかな、ゴッキーのおもちゃと一緒に。
とか。

楽観的に捉えればそれもまた楽しみのひとつ。
もしもそれを実践できるとしたならば、憧れのメヒコ的精神にちょっと近づけるのかも。

だけどきっとこの先そうも言ってられない辛い事が待ち受けているんだろう。

遺言。

なにを遺すだろう?
いざ書く時、遺したい想いを、伝えたいと思う相手が私に在ることを願ってやまない。
先ずはそういう人生を歩めるようにするのみなんだから、
今から遺言書いとけとか言われて「何書こう~?♪」とか前のめり過ぎる。

けれど理想では思う。
そうして死後の事も魂ある前提で楽しみにできるなら、その精神に勝るものはない。
こわいものなんて、ないんだろうなと。
あぁ、大往生したい。
101歳の爺じぃは看護婦さんに冗談言ったりしているらしい。
ごはんも自分の口で噛み砕いて食べているなんて、頼もしい。
爺さんかっこいい。

昨日、ポンペイの遺跡のについてTVで垣間見て、今日はこうして考えて。
死はいつもここに居る。

今日も生きて暮らせた事を、また手を合わせて眠れたら本望だ。