すべては | そこはかとなく・・・

そこはかとなく・・・

おもむろに書き始めてなんとなく終わるヒトリゴト。

健全な精神と健全な身体から。

行き着くところ、そう。


それぞれの身の上にそれぞれの事情があったり、

情況もそれぞれだったりする日々の中で。


昨日、今日と膝突き合わせて話す相手がそれぞれにあって。

元職場の同僚と、今の職場の上司と。


対話することの重要さを実感した。


私よりいくつか下の世代にはその世代の時代背景があり、

どうやらコミュニケーションの常識も認識も違う。


摩擦ばかりで磨耗して、くたくたに磨り減った心情を思い出す。


ないものねだりだから、人は。

あの時はあの時で大変だったのに。


今はまるで毒がなくなってどこかものたりないだなんて。

それもよくわかるんだよ。


不必要に波風立てるつもりではないけれど、

黙っていることが出来なかった。


理路整然と考えを述べられたら何かと労力節約できたろうに、

いつも心の整頓ができないままに、伝達下手で。


泣き笑った2日間だった。


自分について少なからず確認が取れて嬉しくもあり、

自我と向き合いすぎて胸に鉛を流し込んだようでもあり。


吸収と消耗が同時に起こって平淡ではなく、

決して晴れやかではないけれど、でも。


いい時間を過ごせたなと思うし、

自然と穏やかに在ろうとしているからいい兆しだと思った。


きっと、生きていることに意味なんてないと思う。

だけど、生き抜いた果てに何か意味がついて回るかもしれない。


今、生きている私はそう考える。



あまり生きている意味とか考えて捉われない方がいい。




他人と対話することでいくらかの自覚が出て、

また違う角度から色々考えたりするけれど案外、

あっさりと答はあったりする。


とてもシンプルな答えがあったりする。


いっつもそう。昔っからそう。

到着したいところは半分以上は見えてるのに、

そこに行き着くまでの過程が不鮮明すぎるんだ。



それぞれの身の上に、ぞれぞれの状況でしかないから。


自分が生きているならば、懸命に生きるだけ。


ただそれだけのことと、余計なことは排除して

今日も感謝の気持ちを忘れずに眠りたい。