アダージョ原田のつぶやきのこ -9ページ目

アダージョ原田のつぶやきのこ

街や人、店を通して見えてくる世の中。
つれづれなるままの日々雑記です。

手術のテーマが終わったと思ったら、今後は介護です。

 

84歳の母親の介護をして3年目に入っています。

私は一人っ子のため、誰も他に頼る人がいません。

父は5年前に前立腺がんのため亡くなりました。

 

2年半前に母が心臓病で倒れてから生活は一変しました。

ずっと母主体、母のために生きているようなものです。

私はフリーランスで仕事をしていますが、母をどちらかというと優先し、セーブしてやっているような状況です。というか、セーブせざるを得ません。

 

母は要介護4でつたい歩きがやっと。

救いは寝たきりではなく、自分で介護ベッド脇のポータブルトイレで用を足せること。

食事も一応自分で食べることができます。

 

母の一日はベッド、すぐ近くのトイレ、ダイニングテーブル、この3つの地点を回るだけの生活です。

さすがに家ばかりにいさせてはいけないと、月曜と水曜の週2回デイサービスに行かせています。

 

手術は心臓の大動脈弁狭窄症の手術と大腿骨骨折の手術の2回。病気は尿路感染症に肺炎が3回に、食中毒…。入院は10回はしていると思います。

 

そのたびに救急車で搬送し、入院手続きをし、病院へ通い、それらは私の時間と体力、気力をどんどん奪いました。

 

もちろん認知症でもあります。

だから、気づいたら、もうすべてがめちゃくちゃ。介護地獄の渦のなかにいたわけです。

 

言うことも同じことを100回言う、おかしな質問ばかりする。

本当に地獄です。

 

昨年11月から巡回型のヘルパーさんに一日、朝6時、10時、午後1時、4時半、8時、深夜1時と6回入ってもらうようにし(滞在時間は長くて20分程度)、

ショートステイにも行かせるようになって多少はマシになりましたが、

すべての連絡先に連絡をし、手配するのもワンオペなので、疲弊しかありません。

 

連絡・手配先、いったいいくつあるでしょうか。

ケアマネさん、かかりつけ医、薬局、ショートステイ先、ヘルパー会社、デイサービス先、介護タクシー、宅配弁当先、訪問美容…。

もう誰が誰だか、誰に何を言ったかもわからなくなります。毎日がそんな生活です。

 

いったい介護って何なのでしょうか。

 

昨日など、文句しか言わないペットに餌をやっているような気持ちに陥りました。母親をだるまのように思うこともあります。手も足も出ないあのだるまです。

 

母の生活はもはや生活と呼べるものではありません。

ただ、食べて、排泄して、寝ているだけ。

 

自分でコップを取ることもできない(取ろうとしない)。

ティッシュ一枚とることもできない。

カーテンを閉めることも開くこともできない。

「お水ちょうだい」

「ティッシュ取って」

全部自動的に出てくると思っています。ふざけるな!

 

もう手も足も出ないだるまと一緒です。

 

それなのに文句だけは言う。

 

口癖は「おいしいものが食べたい」です。

これを言われると、私がいつもおいしいものを与えていないような言葉に受け取れてしまいます。

 

宅配弁当の業者も何度も変えて、おいしい業者をやっと見つけ(それも高額です)、与えているにもかかわらずです。

悪気がないのはわかっていますが、そんな言葉にびくともしないなら、それは私が血が通って、感情のある人間ではないということになると思います。

 

そんなとき、何が食べたいかせめて言えよと怒鳴りたくなります。

 

すべては「依存」からきていると私は考えています。

人に依存してしかいないから、してこなかったから、この人はこういう事態に陥っているんです。

 

私の自由や生活を奪っておきながら、そんなことは一向に気づかない。まあ、認知症ですから当たり前なんですが。だから、ただただ求めるだけになってしまう。それでいいという考えが潜在下にあるんです。

 

父親に依存し、自分で運動しなかった結果、ほぼ寝たきりに近い結果を自分で招いている。

そして、ティッシュ1枚自分で取れない生活になっている。

 

人の人生って、幸せって、人生の締めくくりってなんなんでしょう。

 

私は人に依存せず生きていきたいと、本当にこの見ていてただただ情けなくて泣きそうになる反面教師を見ながら思わずにはいられません。

 

人は歩けなくなったら終わりです。

結論は、自分の足で歩け、人に依存せず生活できること。

これが高齢になっても幸せに生きていける大前提なのかもしれません。

この人を見ていて痛切に思います。

もちろん、ボケても終わりですが、、、。

 

人に迷惑をかけず、いろいろな意味で自分の足でしっかり歩いて生きていきたいものです。