アダージョ原田のつぶやきのこ -15ページ目

アダージョ原田のつぶやきのこ

街や人、店を通して見えてくる世の中。
つれづれなるままの日々雑記です。

手術を受け、さまざまな縛りがありながら目が覚めたのが朝5時半。

6時になったら水が飲めるとそればかりを思っていました。

不思議と痛みはありません。

背中の麻酔が本当によく効いているようです。

 

7時半に担当の若い先生が回診で来てくれます。

「痛いですか?」

「ほどんと痛みなないです」

「それはよかった」

というような会話をしました。8時には朝食。やっと五分粥のご飯が食べられます。飲み込むのもなんだかおそるおそる。お腹にしみそうな気がするんですよね。起き上がるのはさすがにつらかったです。

 

8時半には主治医(執刀医)の先生が回診に。そこで、

「2キロあったよ。大きかったね」と言われました。

筋腫はなんと2キロ(!)あったとのこと。肉の塊2キロと考えただけで、卒倒しそう( ;∀;)

 

MRIですでに20センチ長さがあるということで相当の重さだとわかっていましたが、そこまであったとは。

はーー。そりゃあ、そんな重い異物が入っていたら、体にこたえますよね。

 

入院時に看護師さんに「先生には実物(筋腫)を見せないでくださいと伝えてください」と言っておいたので、そういう報告ですみました。

本来なら「ほら、こんなだったよ」と実物なのか写真なのかわかりませんが見せられるものなのでしょうか?。。。

 

そして、看護師さんから、

「今日からもう病棟内を歩いてもらいます。10周がノルマです。大丈夫ですか?」

とのお達しが。

「え?もう歩くの?」

最近は骨折でもなんでもすぐ歩かされるみたいですからね。

 

そのとき私は背中の麻酔がきいてほとんど痛みを感じなかったので、午前中になんと病棟内と5周もしたのです。

へっぴり腰で腰は曲がらず、よたよたでしたが、歩けないことはなかったです。早く歩けば回復も早いだろうしという気持ちもありましたし。

 

そして、午後にはさらに3周。全然余裕じゃんと思っていたら、、、調子に乗ってしまったんですねえ。

3周する最後のあたりから、貧血のような状態になり、気分も悪くなり、急いで病室へ、、、

そこから地獄のような痛みとの格闘が始まったのです。

 

いままでの背中に入った麻酔の細いチューブは繊細なものらしく、ちょっとした動きでズレてしまうこともあるようで、動いているうちにズレてしまったのかもしれません。

 

全くそれが効かなくなってしまったのか、これまでほとんど痛みがなかったのに急激に相当つらい痛みに変わってしまいました。

 

夕方5時から痛みは始まり、背中の麻酔の点滴は自然に落ちてはきますが、1時間に2回までボタンを押せば麻酔の薬が落ちてくるという仕組み(よく最後まで理解できませんでしたが、患者の安心材料にしているのかもと思いました)になっているらしく、この点滴と、それと経口の痛み止めの薬の2つだけが頼りの綱です。

 

30分がとてつもなく長い時間に感じられ、経口薬は4時間に一度しか飲めないので、ひたすらテレビを見ながら、30分置きに点滴のボタンを押し、4時間たつのを待ってナースコールを押して痛み止めをもらうという繰り返しが続きました。

 

あとからわかったことですが、たぶんチューブがズレてしまったため、背中の麻酔はもう効いていなかったんですねえ。ボタンを押しても無駄だったことになります。ひたすら押していたのに。。。

 

結局、背中の麻酔が効かなくなってからは、経口の痛み止めだけで痛みを抑えていたことになります(*_*) 

 

とにかくこの間が一番だんとつでつらい時間でした。

なにしろ痛い。そりゃあお腹を切ったんだから当たり前といえば当たり前なんですが、重い生理痛がひたすら終わらないというような痛みです。

 

これが翌日までずっとつづいたんですから、つらいつらい。

ここを乗り越えるまでが山だったと思います。

 

深夜3時になるまでそんな状態で一睡もできず、たまらず看護師さんに何かもっとラクになる方法はないかということで座薬を入れてもらい、なんとか朝6時まで寝られました。それでも3時間ですが。。。

 

血栓予防のマッサージ機は夜の段階で外してもらえましたが、相変わらず寝返りは打てないし、いろんな管はつながっているし、

ひたすらつらさだけで時間が過ぎるのを待つしかありませんでした。

 

(その5につづく)