「ご飯屋さん」
いったい、いつからこの言葉は市民権を得たのだろうか?
もう15年ほど前、とんねるずの石橋貴明が使っていたのを耳にしたのが最初だった。
当時は「報道ステーション」(2004年~)がまだ始まる前で、単なるフリーアナウンサーではなく、タレントして脂が乗り切っていた古舘伊知郎と貴明の二人が、フジテレビで「第4学区」というトーク番組(与太話のオンパレードだったがそれはそれで面白かった)をしていて、貴明がよく使っていたのだ。
話の枕ではないが、貴明が「こないだ行ったご飯屋さんでね」と話し出し、世間話が延々と続いていくというような使われ方だったと思う。例えばそれは、今も芸能人御用達といわれ、AKBとジャニーズが飲み会なんかで使っていると思われる西麻布の「さくら」みたいな店も含まれていたはずだ。
イタリアンとか、和食、中華といったジャンルは言わない。ただご飯を食べにいったという事実が言いたいのか、そういう言い方をする。そもそも芸能人は自分がひいきにしている店名を明かさないことが多いが、なんだかザワッとくる言い方なのだ。
「こないだ行った店でね」ではダメなのだろうか。丁寧な物言いをしている自分演出なのだろうか。
「店名は出せないし、イタリアンとか具体的にも言いたくない。だから“ご飯屋さん”なのよ。そういうことで勘弁してよ。ほら、うちら芸能人だから」みたいなノリなのか。
今ではバラエティーで芸人たちが普通に、「ご飯屋さん」であった話をネタにしている。使い方は貴明と同じで、千原ジュニアが後輩芸人とか、どうでもいい身内の話を始めるときに聞いたことがある。あとは露出は減ってしまったが品川庄司の品川なんかも使うイメージだ。それで、やっぱり聞き心地が悪い。
共通するのは、普段はたいして丁寧な言葉使いなんかしていなさそうなタレントが、なんでそこだけふんわりするかな、みたいな突っ込みがしたくなるってことか。
しかーし。この間ラジオを聞いていたら、一般の若い男性が「こないだ行ったご飯屋さん」話を街頭でマイクを向けられ話していたのを耳にしてしまった。
どうやら「ご飯屋さん」は一般人にも浸透したらしい。
どうしていろいろぼかす必要のない一般の男子が「ご飯屋さん」を使うようになったのか。お好み焼き屋でも、ビストロでも、王将でもない。脳内に最初に浮かんだ言葉が「ご飯屋さん」だったということなんだろうが、非常にナゾだ。
少なくとも私の脳内には「ご飯屋さん」というボキャブラリーはないし、使いたくない。なにかもったいぶったもの、意味のない曖昧さがこのざわざわした気持ちをもたらすということなのか。とにかくうすら寒い言葉であることだけは確かだ。