何かやりたい事があるとして、「それで稼げなきゃ成功じゃない」という一つの考え方があります。そうかもしれません。じゃあ、ボランティアって何なんでしょう。
例えば、自主的に誰かの為に、何十年も人知れず、奉仕を続けている人々がいます。一方で、アメリカのセレブが悪い事をして捕まると、指定期間の奉仕活動を命じられたりしますよね。

そういえば思い出すのは、私が中学1年生の頃、街灯募金のボランティアをしていたら、一人のバックパッカーが大きな荷物を下ろし、雨に濡れながら千円札を取り出して、募金箱に入れてくれたこと。
私はそれまで、ただ善い事をしているつもりだったから、箱の中のお金が増えると嬉しかったのに、その千円札には戸惑いました。
「あれ、この千円札って、誰が何のためにどう使うんだろう?なぜ私は何も知らずに立ってるんだろう?なぜそんな私に千円札を預けたんだろう?なぜだろう。」

ボランティアって何なんでしょう。分かるかどうか分かりませんが、書きながら考えてみます。

第5回の公開トークを聞いてみると、「地域のアートプロジェクト」には、ボランディアの皆さんの存在が欠かせないようです。
アートと地域とボランティアが一緒になったお話って、なんだかとても楽しそうなんですよ。なぜでしょうか。


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札幌国際芸術祭2014 プレイベント
第1弾「札幌の芸術文化史を知ろう!」
札幌芸術文化史 公開トーク(全10回開催)


第5回「地域のアートプロジェクト」
ー現代アートにおける地域の可能性ー

・2013年9月25日(水)17:30~19:00
・札幌駅前通地下歩行空間 北2条広場 東側
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昨今よく耳にするアートプロジェクトという言葉。アートというと美術館やギャラリーの中で行われるものを想像しがちだが、近年はそこから外に飛び出し、その土地ならではの地域性や文脈を捉えて行われているものが多く存在する。北海道でも様々な場所で行われ、それらはアートを通してその場所の普段は見えないものを見せてくれる。これらアートプロジェクトはどのようにして行われているのか、それがもたらす効果は。運営する人々がリアルを語る。
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GUEST
今村 育子 氏(札幌駅前通まちづくり(株)企画事業部/美術家)
国松 希根太 氏(彫刻家)
高橋 喜代史 氏(美術家)
藤沢 レオ 氏(美術家)
渡辺 行夫 氏(彫刻家)

司会
中田 美知子 氏(株式会社エフエム北海道 常務取締役)
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★渡辺行夫さん(彫刻家)
小樽市「ハルカヤマ藝術要塞」


小樽市の石狩湾を見渡せる春香山には、廃墟になった観光ホテルと、北海道を代表する彫刻家である故・本郷新さんの旧アトリエが、荒れた状態で残されています。
渡辺さんがそこを訪れた時、お化けや迷信は信じないけれど、そこから「場の力」を感じたと。旧アトリエを残し、作品を展示したい。しかし費用が無いので、一人で山に通って作業を始めると、最初は周辺住民に怪しまれたものの、行くたび挨拶をするうちに手伝ってもらえるようになったそうです。
そして、2011年・2013年に「ハルカヤマ藝術要塞」として、数名のアーティストがその「場の力」を生かし、山の中で野外展示を行いました。
「廃墟をアートで再生させた」と評価できそうですが、渡辺さんは「僕は春香山にとったら害虫」と仰いました。自然は自ら再生しようとしていたのに、山にとってややこしい事をしていると。

(地域ボランティアとの関係)
渡辺さんは、組織的に動くのが苦手なのだそうで、ボランティアを頼んだことはなく、周りが自然に動いてくれるようになったとか。例えば、トイレが必要だと思ったら、まず自分で作り始める。すると、見た人が可哀想になって手伝ってくれたそうです。

(若い世代へのメッセージ)
渡辺さんは若い人に対しても「表現者はそれぞれの時代に生きる同じ年齢」と思っているそうです。ただ「やたらに人を尊敬するな」と。「他人を尊敬するのは、他人の一部しか分かっていないから」という自覚があるなら良いそうです。
そしてまずは「自分がバカになって心から楽しむ」。そうすれば、周りが「何が楽しいの?」と探ってくる。自分が独立してやらなきゃ面白いものは作れない。自分で規制を作らないこと。

(私がこれから観たい関連イベント)
札幌にある本郷新さんの記念美術館で、「ハルカヤマ・サテライト」という、藝術要塞と連携した作品展が、11月17日(日)まで開催中です。
本館の隣には記念館があり、圧倒的な密度で、圧倒的なサイズ(高さ4mの石膏像など)の本郷作品が常設されていて、度肝を抜かれます。現在は特別展として、春香山のアトリエに関係する作品が展示されています。実はもう見に行ってきました。




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★国松希根太さん(彫刻家)
白老町「飛生芸術祭/TOBIU CAMP」


27年前、廃校になった木造校舎を、芸術家が共同アトリエとした「飛生アートコミュニティー」。校舎には今も「今週の目標 閉校式の準備を真面目にやる」という貼り紙が残されています。
国松さんは、元々は山奥が好きではなく、住民との繋がりを持つ気もなく、2年ほど制作に没頭する目的で住み始めたとか。
しかし、訪れる人に「良い場所」と言われるので、場所について知りたくなり、町内会の人に訊いてみると、そこがどんな風に作られた場所か、地域の歴史を知って、「ここは自分だけの場所ではない」「地域を生かして何かやりたい」と思うようになったそうです。
来場者が集落の一員になった感覚で、様々な展示やイベントを楽しめる他、オールナイトの野外イベント「トビウキャンプ」では、音楽・ダンス・人形劇を観ながら巨大なキャンプファイヤーに参加できます。

(地域ボランティアとの関係)
こちらも頼んだわけではなく、皆さん手弁当で来てくれるそうです。地元民も、プロも素人も子どもも、それぞれに合う場所で体験。1回で来なくなる人もいれば、毎回来てくれる人もいたり。
最初は、小屋作り、道整備、食事準備など、作業内容を振り分けるのが大変だったそうですが、チーム作り&リーダー決めをした事によって、責任感が生まれて上手く回っていったと。その仕組みを作るのに2~3年かかったようです。
土曜の朝から集まって作業して、夕方は温泉、夜はバーベキュー、一泊して翌日も作業という流れを続けていると、だんだん家族のようになって、信頼関係が生まれたり、スキルアップして作業が楽しくなったりするそうです。
地域の人が一番強い味方なので、サポートしてもらうのですが、「アーティストは自分のやりたい事をやりきるという、ちょっとトンガった部分も必要」という言葉が印象的でした。
そう言われれば確かに、アーティストの意思がぼやけると、サポートする意義もぼやけてしまいそうですしね。例えば、漫画「ONE PIECE」で言うと、船長が「海賊王になる」を諦めてしまったら、信じて協力していた仲間達が能力を発揮する場を失うでしょう。祭のサブタイトル「僕らは同じ夢をみる」にも通じそうなお話です。

(若い世代へのメッセージ)
北海道の芸術の歴史を調べてみたら、道立近代美術館も作家の働きかけで動いた街。実験するなら、北海道は場所のチャンスが多い。失敗しても良いから、やってみることで何か変わる。とのことでした。

(私がこれから観たい関連イベント)
11月30日(土)から、札幌芸術の森美術館で「札幌美術展 アクア-ライン」が開催されます。ポスターには国松さんの作品写真が使用されています。
「異なるジャンルで活躍する14人の作家たちの作品を紹介し、身近な水をめぐる表現の可能性に迫ります。」とのことで、前回のブログでゲストだった端さんも出展されます。

※ちなみに以前、国松家の親子三世代による展示会を観に、一人で鈍行列車に乗って富良野市へ行った事があって、その時の感想ブログはこちらです。




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★藤沢レオさん(美術家)
苫小牧市「樽前arty」


苫小牧市の樽前小学校は現在、児童数37名。藤沢さんも小学3年生まで通っていて、地元に戻って創作活動をリスタートするため、学校の近くに工房を構えたのだそうです。ギャラリーは元牛舎を利用したとか。
小学校では、「非日常ではなく、日常にいかに美術があり得るのか?」と、アーティスト達が、廃校ではなく、現役の校舎をそのまま使う試みが行われています。展示会はゴールデンウイークや夏休みに行われますが、公立なので管理体制が厳しく、校長か教頭が常駐しなければならないとか。
活動初期の生徒たちが中高生になり、美術好きになっているのを見ると、感慨深いとのことです。

(地域ボランティアとの関係)
「アート・アーティストを社会の中で機能させたい」とのお考えで、担当者や助成金が変わってしまう行政には最初から頼らないそうです。地元企業の社長にプレゼンして、市内100社中50社ほどが出資してくれたとか。
65歳以上が多い地区で、最初は「若者たちが何か始めちゃった」というリアクションだった町内会もサポートしてくれていて、作家だけでは越えられない面を、繋いでもらっているそうです。その方法は「普段から近所づきあいをただただ続けている」。また理解してもらう為「ゆるやかに衰退する中で、アートは必ず力になる」と、いくらでも話すのだそうです。

(若い世代へのメッセージ)
メッセージではなく、自分の活動への自戒として変えさせてほしいとの前置きがあり、いつも気をつけるのは「賑やかしで終わってはいけない」ということだそうです。また、伝えることではなく、求め続けられることが大事。終わったとしても、次いつ求められるか?を考える。とも仰っていました。

(私がこれから観たい関連イベント)
様々な催しがあったのですが、ひと段落したようです。また見つけ次第見に行きたいです。
ホッカイドウマガジン「カイ」秋号で、苫小牧市美術博物館が紹介されていて、樽前arty+との恊働による「びとこま」の活動も紹介されているそうなので、読んでみようと思います。この雑誌自体も毎度気になっていますし。




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★高橋喜代史さん(美術家)
札幌市「越山計画」「500m美術館」


越山計画は、空きビルの建て替えによって発生した空きスペースに、自分たちで期間限定の場を作ってみよう、人を巻き込んでいこうという計画なのだそうです。
アーティストとビジネスパーソンは、普段接点が無く、持てる情報が違うので、知り合ってもらえるような場を作りたかったのだそうです。栄養士が監修した日替りランチは500円。食べに行ったら美味しかったですよ。設置されている椅子などはボランティアによる手作りでした。カフェの白い壁には、イベントとして子供などに描いてもらった絵が一面を飾っていました。各種セミナーや、ミュージシャンによるライブも実施されています。

高橋さんは、芸術祭地域ディレクターの端さんが主宰されている「CAIアートスクール」の卒業生。漫画家になるか、アーティストになるか、30代まで悶々としていたのだそうです。そしてやがて、漫画と書道の要素を生かしたアートを国内外で発表。作品の写真を見たら、「ドーン」など漫画の擬音のゴシック体が巨大な立体作品として展示されていたりして、驚きました。アーティストが小学校に2週間だけ転校生としてやってきて、一緒に作品を作るというプロジェクト「アーティスト・イン・スクール」にも参加されたそうです。

(若い世代へのメッセージ)
500m美術館で学生と関わっていると、10~20代、もう新しい世代が出てきていて、違ったモノの見方をしているので、楽しみにしている。国際芸術祭が増えている。自分たちの90年代には無かった。親に借金してでも国外へ出て。

(私がこれから観たい関連イベント)
越山計画で、15日(金)まで、写真展「子ども達の笑顔、昭和20~30年頃と現在」が開催されています。札幌市が収蔵している、札幌の街が戦後の混乱から復興へと邁進した時代の、子ども達や当時の出来事などを中心に構成した写真展。平成の子ども達がフィルムで撮った札幌も併せて展示されているそうです。




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★今村育子さん(美術家・札幌駅前通まちづくり株式会社 企画事業部)
札幌市「越山計画」
「チカホ(札幌駅前通地下歩行空間)」


札幌駅と大通駅を繋ぐ地下通路「チカホ」は全国的にも変わった場所。道路の脇に、商業施設だけではなく広場が複数あって、出来た当初はただの通路だったのが、だんだん広場から様々な情報が発信されるようになり、今は全国から注目されています。
通路の中心は公道なので規制が多く、公道と広場で管理者が違う問題もあり、ちょっとやってみては違ったという、試行錯誤の繰り返しなのだとか。
ルール作りもしなければならない中で、最初はみんなのやりたい事を叶えたかった今村さんです
が、やがて「パブリックはそういうことじゃない」と気付いたそうです。日々変わる状況の中で、どちらにも立たずに、常に調整をしていくお仕事。自分が工夫することで何か変わるかもと思い、頑張っているとのことでした。

(若い世代へのメッセージ)
ここで働くようになって世界が広がった。ベネチアビエンナーレを見た時も広がった。たくさんのものを見て、すごい人を知って、作家辞めたいとか、自分はダメだとか、絶望して、でもまたやりたくなる事の繰り返しを。

(私がこれから観たい関連イベント)
この公開トークが行われた場所こそチカホです。本当に最近、いろいろなイベントをやっていて、最新の面白い情報が発信されているので、なるべく毎日通るようにしています。Wi-Fi無料ですしね。
昨日と今日はチカホで、札幌市内各地で様々なジャンルのアートイベントが開催される「さっぽろアートステージ」のキックオフイベントも行われました。私は昨日の夕方、アートストリート部門の展示「アルクとチカク」のキュレーター風間さんと現代アーティストによる、市民鑑賞ツアーに参加。展示は12月8日まで続きます。今日は、ステージイベントの「東海林靖志コンテンポラリーダンス」を観てきました。




ところで結局、ボランティアって何なんでしょう。
奉仕活動は、どんな動機でも、どんな目的でも、どんな方法でも、どれほどの時間でも、どれほどの自主性でも、自負が有っても無くても、役に立っても立たなくても、辛くても楽しくても、喜ばれても嫌がられても、すべてボランティアと言えるのでしょうか。誰だって誰かを手伝うことくらいありますよね。サービスとボランティアの境目はあるのでしょうか。

あの「濡れた千円札」について今確かに言えるのは、ボランティアをやらなければ、私がそれを受け取ることも無かったという事。奉仕活動であったがゆえに、自分と他人の間に生まれた、ほんの短い物語に、価値を見出せたということくらいです。

そして、アートと地域とボランティアが一緒になると楽しそうなのは、活動にアーティストによる創造性がプラスされるのが理由じゃないかというのが、今日のブログを書いてみての仮説です。

様々なボランティアをする様々な人たちが、何に興味を持ち、何を大切に思って活動し、その思いがどんなカタチになって表れているのか、尚更知りたくなりましたし、自分でもまたやってみたいと思っています。