お心を察します。


夫と結婚するときに、

”私に供が産めなかったらどうするの?”と質問しました。

夫は”大丈夫だよ”と答えました。


私の心は

子供を産めなくても君と子供なしで一生一緒にいるよ・・・・という意味に捉えました。


今になって思います。

大丈夫だよ・・・の日本人にとっての思いやりのある言葉は、

男にとってはとても軽い意味だったのですよね?


大丈夫には、男(本人)側の苦労や痛みが伴わないですよね?


妻を複数もつことに彼の心は痛みません。

子供が生まれなかったら、妻を取り替えればいいだけのこと。

外国人妻を日本に呼ぶには、日本人の妻を離婚すればいいのだから。



男の心は傷つかない。

イスラム教はうま~く、男をフォローしているのだから。

この不公平を公平だと、前向きだ、と呼びたい人たちもいるだろうけれど、

私は傷ついた女性側の味方であり続けたい。


子供が生まれたからといって、私には安堵がありません。

老いて行く身体、不慮の事故、しのびよる病魔。

身体の不自由を訴えたときに、

夫はどうするのでしょう。

心身弱った私の面倒を見るために、彼は看病のために自分の人生を投げ出さないでしょう。


医療の遅れたパキスタンの家族の下に送られて、

夫の親戚や家族に世話をしてもらうことになるのでしょう。

医療費はかからないし、人手はあるのだから。

健康な状態で滞在しても、病気になる国なのに・・・という矛盾も

経済的負担の天秤かけられたら・・・私の命はとっても軽い。


そして、夫は自分の将来の介護を考えて、若い妻を娶ることでしょう。

日本人には相手にされなくても、

日本に住みたい外国人女はたくさんいるでしょう。

夫の日本滞在に魅力を感じる、思惑あるパキスタン人がにおいをかぎつけてくるでしょう。


もしよろしかったらメッセージをください。

なにができるかわからないけれど、

署名を持って、入管や外務省に行くときに、直接担当者に実例として話したいと思います。