『パキスタンから欲しいものはない?』


それは、2ヶ月近く一時帰国している弟が、

そろそろ帰ってくるということだから、


私の歯車はすこしきしんだ。



運転席の夫に、私の心の動揺を見て取られないように、

『別に・・』と真っ黒な外の景色をながめながらはき捨てる。

例え欲しいものがあったとしても、欲しくはない・・というだろう。

弟にしてみれば、冷たいバビの私は、そう答えた。




いつも行くスーパーは夜の時間だった。

夫と2人での買い物中、

工業団地で働くバングラデシュ人の数人のかたまりは夫の友人たちでもあった。


彼らを見つけると夫はすばやく私に言った。


『お前がショールを首にかけていないから、俺は恥ずかしい』


夫は”アッサラームアライクム”とにこやかに彼らに挨拶をしながら、

駐車場までの道のりの間、私を無視し続けた。



ジーンズに膝丈ほどの長衣を着ているから、

身体の線は隠れてるよね?


こういうシュチエーションでは、いつも言われるセリフだけれど、

いつもの私はショールをしてこなかったことに恐縮して、

自分を責めてしまう私なんだけれど、

あの日の私はそうは思わなかった。


私、恥ずかしい人間じゃないよ。

ショールをすることが大切なんじゃないよ。


そして私は不機嫌になった。

つまり何も言わずに無口になるということなんだけれど。


私の歯車はさびついた。




翌朝


私の歯車の軋みに気がつかない夫はこう話し掛けた。


・・・子供たちが全員結婚したら、2人きりで世界旅行に行きたいね・・・



いろんな混ぜこぜの思いを飲み込んで、

しょうがないから片頬だけで、

ぎこちなく笑った私の歯車は、それでもすこしずつ回り始める。



小さなことに憤慨する私は、

思い描くかわいい女とは違っているけれど、

精神衛生上、賢い選択かもしれない。