私のイスラムは、

例えば、

昨日の午後10時、

夫が電話もせず、友人2人を連れてきた時に、

紅茶を作るように言われて、

鍋で紅茶のはっぱを煮出しているときに、

玉ねぎを切って、トマトを切って、ジャガイモを切って・・・

パコラを作ってあげようと思い立ったこと。


皿に盛りきれなかった3個のパコラを、余った紅茶で

食べようかな~と思っていた矢先、

飲み水を取りにきた夫に、

その3個のパコラを持っていかれて、

お腹はキュ~っとしたんだけれど、

でも、みんながおいしく食べてくれたらうれしいな・・・

と、思えたこと。



一日5回のお祈りをしないことに苦い思いをしないでいる私。

私は”豚肉食べない教”なのかしら?

今回のブログとそれに対してのコメントが、

私なりに考えるきっかけになりました。



アッラーがたくさんのお名前をお持ちのように、

イスラムのさまざまの良い行いが、あると思う。


父親の暴力から子どもを守る母の愛情だってイスラムだし、

食べられるものをもったいないから、いただく精神だってイスラムだし、

ご主人との和を保つために、大変な努力をされてお弁当を作ることだって、イスラムなんだ。

悩むことだって、苦しむことだって、


優越なんてつけられない。



夫がパキスタンに出かける前から、

脚立がなくって取り付けられなかったお風呂場の換気扇。

だから、お風呂場の天井には穴があきっぱなしでね。

それで、今年はゴキブリが多かったのかな?

お隣りの彼女が、見事に実った無花果を取るために、

玄関脇に置いてある脚立を貸してもらうことにした。


作業が終わって、返しに行こうと思ったらね、

玄関に”食べきれないから、よろしかったら、食べてください”って

メモが添えられて、

熟した取立てのイチジクが10個もパックに入ってた。

風呂場での作業中の2人の声が聞こえたのだろうね、

彼女はベルも押さないで、

置いていってくれたんだよ。


彼女はイスラム教徒ではないけれど、

私はそれもイスラムだと思ったよ。



とってもおいしい、いちじくだったよ。