人が何かを判断するとき、その裏側には必ず「認否」という心の働きがあります。 私は長いあいだ、自分自身の心の動きや、人との関係の中で起こる微妙な揺れを観察してきました。その中で、勝負所での決定力や、精神の安定に深く関わっている三つの認否があることに気づきました。

それが 美醜認否・つるみ認否・依存認否 の三つです。 この三つは独立しているようで、実際には互いに影響し合い、心の流れ全体を形づくっています。

■ 美醜認否 ― 価値づけの最初の揺れ

美醜認否は、対象に対して「良い・悪い」「好き・嫌い」を感じる最初の入口です。 人は無意識のうちに、美醜認否を行いながら世界を見ています。

この判断が極端になると、自己否定や他者の理想化が起こりやすくなり、世界の見え方そのものが偏ってしまうことがあります。 ほんの小さな違和感から始まり、やがて他の認否にも影響を与えることがあるため、ここが柔らかく保たれているかどうかは、心の安定の基盤になります。

■ つるみ認否 ― 人間関係の構造を決める力

つるみ認否は、「誰と一緒にいるか」「誰とつながっているか」を判断する心の働きです。 これは人間関係の構造を決める重要な認知過程であり、誤作動すると被害念慮や関係念慮につながることがあります。

人がつながっているという確信は、世界の見え方を大きく変容させます。 美醜認否の偏りが強いと、つるみ認否が過剰に連動し、関係の意味づけが固定化されてしまうこともあります。

関係を「正しく見る」ことは、対人不安を軽減し、心の安定に直結します。

■ 依存認否 ― 距離を調整する機構

依存認否は、自分と他者の距離をどう取るかを決める働きです。 頼りすぎても、離れすぎても不安定になる。 この距離感の調整がうまくいかないと、過剰依存と孤立の揺れが生まれます。

つるみ認否が歪むと、依存認否の極端化が加速することもあり、結果として自我境界が不安定に感じられることがあります。

適度な距離を保つ力は、関係性の持続可能性を高め、心の安心を作ります。

■ 三つは連動し、心の流れを形づくる

美醜認否 → つるみ認否 → 依存認否 この三つは順番に影響し合いながら、精神状態の流れを作っています。

どれか一つがズレると、他の二つも引きずられ、全体のバランスが崩れやすくなる。 逆に言えば、どれか一つを少し修正するだけで、全体が大きく安定に向かうこともあるのです。

柔らかい考え方、現実的な関係の見直し、距離の調整。 この三つのバランスが、心を支える柱になります。

■ おわりに

私はこの三大認否を、自分自身の経験や観察の中で何度も見てきました。 勝負所での決定力、関係の安定、心の揺れの収まり方――そのすべてに、この三つの認否が深く関わっています。

認否の再構成は、回復や成長の過程における核心的な課題です。 心の動きを丁寧に見直しながら、三つのバランスを整えていくことが、安定した日々につながると感じています。

大学時代のことを思い返すと、 「自分はどこに位置づけられているのか」 という問いが、ずっと心の底で揺れていたように思います。

私の苗字は「余郷」。 京大理学部の初回授業で、先生に 「これは“あまりさと”と読むのですか」 と尋ねられたことがありました。

その瞬間、私の名前は“人の名前”ではなく、 数学の記号のように扱われた気がしたのです。

余り、余剰、余分。 割り切れず、体系に吸収されず、外側に残るもの。

その象徴が、自分の名前に重なってしまった。

世界の流れから遅れていく感覚

大学生活が進むにつれ、私は周囲との“速度差”を強く意識するようになりました。

友達は少なく、一人暮らし。 授業の理解も遅く、物理から化学へと“ハードルを下げる”選択をしたとき、 私は自分が世界の中心から周縁へ押し出されていくように感じました。

HPLCのカラムの中で、 移動速度の違いによって分離が起きるように、 私もまた、世界の流れから少しずつ遅れ、 最後尾に沈殿していくような感覚を抱いていました。

「自分は、流れから分離された成分なのだ」 そんな象徴的な自己像が、静かに形をとり始めていたのです。

個室にこもるという“境界の強化”

研究室に入ってからも、周囲のスピードには追いつけませんでした。 卒論は短期で仕上げるのがやっとで、 他の学生が先へ進んでいくのを、ただ見送るしかありませんでした。

その頃から、私は個室にこもり、 PCゲームやソフトに没入する時間が増えていきました。

外の世界との接触を減らし、 内側の世界に深く潜っていく。

今振り返ると、これは 揺らぎ始めた自我を守るために、境界を強く閉じる行為 だったのだと思います。

しかし、境界を閉じれば閉じるほど、 世界との距離は広がり、 自分の位置はますます不確かになっていきました。

“余り者”という象徴が、世界の見え方を変えていく

数学科の友人と話す中で、 「Mode計算で余りをはじき出すように、自分もはじき出されたのかもしれない」 と感じたことがあります。

もちろん、誰かが本当に私を排除したわけではありません。 ただ、私の内的世界では、 世界の記号体系そのものが、自分を“余り”として扱っている ように見え始めていた。

名前の「余」。 速度差による分離。 個室への退避。 Mode計算の象徴。

それらが一つの構造をつくり、 「私は体系の外側にいる」という感覚を強めていったのです。

統合失調症の精神病理との響き合い

後になって、私は統合失調症と診断されました。

振り返ると、私の人生史にはずっと “自我と世界の境界が揺らぐ” というテーマが流れていたように思います。

  • 名前が数学的記号として扱われる

  • 世界の流れから遅れ、分離される

  • 境界を閉じて個室にこもる

  • 世界の記号が自分を排除しているように感じる

これらはすべて、 統合失調症の核心にある 「自我境界の不安定化」 と深く響き合っていました。

偶然ではなく、 構造として、私は“発症前夜”へと収束していったのかもしれません。

余白に立つ者として

けれど今、こうして文章にしてみると、 「余り者」という言葉は、 単なる否定ではないようにも思えてきます。

余白に立つ者。 境界に立つ者。 世界の端から、世界全体を見つめ直す者。

ロシア語の学びや、精神の回復の道のりの中で、 私は少しずつ、 “余り”を“余裕”へと変えていく方法を探しているのかもしれません。

🌿 反審美主義と博愛精神

― 千葉で感じた、価値観の静かな転換 ―

かつて入院していた病院で、忘れられない言葉を耳にしたことがあります。 容姿の整ったひとりの女子が、強い声でこう叫んだのです。

「女子に容姿のいいわるいなんてない!」

その瞬間、私は思いました。 これは単なる“慰め”でも“理想論”でもなく、審美眼そのものをひっくり返す力を持った言葉だと。

🌱 「あえて取り上げる」という反審美主義の姿勢

東京や京都で暮らしていた頃、私は“美しさ”が社会の基準として強く働く場面を多く見てきました。 履歴書の写真、第一印象、職場での評価、人間関係の距離感。 忙しい現代では、どうしても「まず容姿から」という判断が先に立ちやすい。

そんな中で、千葉に戻ってきて気づいたのは、 「容姿のわるいと思われる女子を、あえて取り上げる・ひいきにする」 という、静かな価値の転換でした。

これは単なる逆張りではありません。 その根底には、こうした問いが流れているように感じます。

「博愛精神みたいなものは、もうどこかに消えてしまったのか?」

つまり、 “美しさ”という基準に縛られた社会への、ささやかな抵抗。 そして、 人を外見ではなく、存在そのものとして受け入れようとする姿勢。

この二つが重なったところに、反審美主義の温度があるのだと思います。

🌏 千葉で感じる「価値の揺れ」

千葉の街を歩いていると、東京のような“美の競争”の空気とは少し違う、 もっと素朴で、もっと生活に根ざした価値観が息づいているのを感じます。

  • 容姿よりも、生活の安定

  • 見た目よりも、気遣いや優しさ

  • 表面的な美よりも、関係のあたたかさ

そんな価値観が、ゆっくりと、しかし確実に広がっている。

あの病院での叫びは、 「美しさで人を測る社会」からの解放を求める声だったのかもしれません。

🌸 反審美主義は、博愛精神のもう一つの形

反審美主義というと、 「美を否定する思想」と捉えられがちですが、 私にはむしろ逆に見えます。

それは、 “美しさに縛られて苦しむ人を救いたい”という、博愛精神の表れなのではないか。

容姿の評価から自由になったとき、 人はようやく「その人自身」を見ることができる。 その視線の変化こそが、今の千葉で起きている価値の転換なのだと思います。

🌿 おわりに

美しさは確かに力を持っています。 しかし、同時に人を縛ることもある。 その縛りから誰かを解放しようとする動きが、 千葉の街のあちこちで静かに芽吹いている。

反審美主義とは、 “美の基準に傷つく人を見捨てない”という優しさの形なのかもしれません。

春天的北京郊外, 

譚柘寺的山风轻轻吹过。 

寺门前的小食堂里, 

我点了一碗蛋花汤。

 

姑娘素净,像晨光里未被惊动的花。 

她抬眼问我: 

你要什么? 

蛋花汤。 

你不知道中文吗? 

我摇头。

 

她的声音淡淡的, 

却像在我心里落下一粒温暖的尘。

 

午后,我在寺前等车。 

山路寂静,只有松风和远处的钟声。 

车来了,我上车回城。

 

没想到, 她就在车厢里。 

她看着我, 

目光像一束无声的念力, 

穿过人群,落在我身上。

 

下一站,她轻轻地下车, 

背影消失在春天的尘光里。

车继续向前, 

我坐在摇晃的座位上, 

想着她的素净, 

想着那一碗蛋花汤的温度, 

想着这短暂却深刻的相遇, 

为何在心里留下了 

如此长久的回响。

― 35年前の記憶が、静かに浮かび上がってきた日

2026年の初夏。 ふとした拍子に、長いあいだ心の奥に沈んでいた記憶が、静かに浮かび上がってきました。 精神衛生のためにも、そして自分の歩いてきた道を確かめるためにも、ここにそっと書き留めておこうと思います。

■ 1991年の中国大陸を、一人で旅していたころ

京都大学の学生だった私は、1991年の夏休みに中国大陸を一人旅していました。 鄭州駅に着いたとき、駅前は人であふれ、遅延なのか混乱なのか、理由もわからないまま広場で座り込んでいたのを覚えています。

長い列に並んでようやく手に入れた切符は、 普通列車の硬座(硬い座席)。 当時の中国ではごく一般的な座席でしたが、外国人の若い学生にはなかなか過酷な環境でした。

■ 何十時間だったのかも思い出せない、果てしない列車旅

列車はとにかく混んでいて、駅に停まるたびに乗客が入れ替わり、 落ち着いて眠る暇もないほどの慌ただしさでした。

それでも、疲れが限界に達していたのか、 私はいつの間にか、周囲の喧騒を気にすることもなく、 うとうとと眠りに落ちていました。

車内には、黒っぽい人民服を着た人々、 どこか炭鉱の石炭の匂い。 あの空気の中で、どうして自分が耐えられたのか、今でも不思議です。

そして何より、 この列車が本当に北京へ向かっているのか 今どこを走っているのか まったくわからないまま、ただ揺られていました。

冷房も効かず、暑さと疲れと眠気の中で、 「北京に着きさえすれば、食事とシャワーがある」 その一筋の希望だけを頼りにしていた気がします。

■ 「北京駅」というアナウンスを聞いた瞬間

どれほど時間が経ったのか、 半ば夢の中のような状態で、 中国語のアナウンスが耳に飛び込んできました。

「北京駅」

その一言を聞いた瞬間、 身体の奥からじわっと力が抜けていくような、 安堵とも達成感ともつかない感覚が広がりました。

確かにこの列車は北へ向かっていた。 確かに私は北京に着いた。 希望と願いは、ちゃんと届いていたのだと。

■ 35年後の今、なぜこの記憶がよみがえったのか

あの旅は、若さと勢いだけで乗り切ったようなものですが、 今振り返ると、 「先が見えない中でも、希望を手放さずに進んでいた自分」 を象徴する出来事だったのかもしれません。

精神的に揺らぐ時期には、 こうした過去の記憶がふっと浮かび上がることがあります。 それは決して悪いことではなく、 むしろ「今の自分を支える材料」として現れてくれているのだと感じます。

35年前の硬座の旅は、 不安と混乱の中でも、 小さな希望を頼りに前へ進んだ、 そんな自分の原点のひとつでした。

朽木病 ― コフートの視点から見える「枯れゆく心」と再生の力

私は長いあいだ、心が静かに枯れていく人々を見てきた。 年齢とともに、まるで朽ち木のように力を失い、光を求め、乾きに苦しむ姿。 その状態を、私はあえて「朽木病」と呼んでいる。

しかしこれは、単なる比喩ではない。 精神分析家ハインツ・コフートの理論を読むようになってから、この現象がより立体的に見えるようになった。

■ 朽ちていく心は「弱さ」ではなく、自己の叫び

コフートは、人が生きるためには selfobject(セルフオブジェクト) が必要だと語った。 それは、他者のまなざし・共感・支えを通して、自己が統合されていくという考えだ。

朽木病のように見える人たちは、 必要な光(共感)や水(情緒的なつながり)が長いあいだ届かなかった心 だ。

ロシア語で言えば、 «душа иссохла»(魂が乾ききってしまった) そんな状態に近い。

乾いた心は、ただ弱っているのではない。 むしろ、 「生きたい」「つながりたい」 という叫びを内側に秘めている。

■ 他者への転移 ― それは“しがみつき”ではなく、再生の試み

朽木病の人が、特定の他者に強く依存したり、感情を投影したりすることがある。 コフートはこれを 転移(transference) と呼び、 それを「病的なもの」ではなく、 自己が再び育とうとする自然な動き と捉えた。

ロシア語で言えば、 «тянуться к свету»(光へ伸びようとする) まさにそのイメージだ。

朽ちかけた木が、わずかな光に向かって新しい芽を出そうとするように、 心もまた、他者を通して再び自分を取り戻そうとする。

■ 朽木病とは何か

私がこの言葉に込めているのは、次のような意味だ。

  • 心が長いあいだ乾き続けたというサイン

  • 本当は光(共感)と水(つながり)を求めているという叫び

  • 他者への転移を通して、自己を再構築しようとする動き

  • そして、朽ちた木でも条件が整えば芽吹くように、心にも再生力があるという事実

ロシア語で言えば、 «даже старое дерево может дать новый росток» (古い木でも新しい芽を出すことができる) そんな希望を含んだ比喩だ。

■ これから書いていきたいこと

このブログでは、私が目撃してきた“朽ちかけた心”と、そこからの再生の瞬間について、静かに綴っていきたい。 それは誰かを診断するためではなく、 同じように乾きを抱えている誰かが、 「自分もまた光を求めていいのだ」 そう感じられるように。

心は、思っている以上にしぶとく、しなやかで、再生する力を持っている。 私はそのことを、これからも書いていきたい。

🌿 「特定の誰かと比べ続けてしまう」心のしくみについて

最近、ずっと同じ一人の人と自分を比べてしまうことがあります。 そのたびに気持ちが揺れたり、自己価値が不安定になったりする。 そんな経験を持つ人は、実は少なくありません。

精神分析の世界では、この現象にはいくつかの説明があります。 今日は、その中でも特にわかりやすいものをまとめてみました。

🌱 ① コフートの自己心理学 ― 自己対象との関係

本にはこう書かれていました。

「その人を通して自己価値を保とうとしている」 「比較が自己愛的バランスの維持に必要になっている」

つまり、 その相手が“自分の価値を支えてくれる存在(自己対象)”になっている ということです。

  • あの人のようであれば価値がある

  • あの人より劣っていると自己が壊れそう

そんな構造が心の中にできてしまう。

🌿 ② 理想の自分を外に見てしまう(理想自我)

フロイト系の考えでは、 比べてしまう相手は 「こうありたい自分」 の投影だとされます。

「自分 vs 理想の自分」という比較になる → 劣等感・羞恥・嫉妬が続く

これはとても人間的な反応で、誰にでも起こりうるものです。

🌙 ③ 過去の重要な人との関係が再演される(対象関係論)

本ではこう説明されていました。

「比較対象の人物 = 内的対象の投影」 「過去の重要他者との関係が外界の一人に固定されて繰り返される」

たとえば、

  • 親にいつも比較された

  • 兄弟と競争させられた

そんな経験が、 大人になって別の人に向けて再現される ことがあります。

🌌 ④ ラカン的な視点 ― 他者との同一化が強すぎるとき

ラカン派では、 人は他者を通して自分を知る、と考えます。

ただし、

「特定の一人に固着する場合は、同一化と競争が過剰」

とされます。

🌿 まとめ ― これは“弱さ”ではなく、心の構造の問題

本の結論はとてもシンプルでした。

「自己対象への強い同一化と依存があり、その人との比較を通して自己を維持している状態」

つまり、 比較をやめられないのは、性格の問題ではなく“心の仕組み”の問題 ということです。

そして、これは病気ではありません。 ただし、

  • 比較をやめられない

  • 自己価値が揺れ続ける

  • 感情が不安定になる

こうした状態が続くときは、 自己愛の脆さや、心の発達課題が関係している と考えられます。

🌙 ロシアンリラックスとしての一言

ロシア語には、 «Я учусь жить по‑другому»(少しずつ違う生き方を学んでいる) という言い回しがあります。

比較に苦しむ日があっても、 そのたびに自分の心の仕組みを知り、 少しずつ違う選択ができるようになる。

このブログが、そんな静かな変化の記録になればと思っています。

🌿 Тихий день после переутомления ― 働きすぎた日の静かな反省

昨日は、まさに день переутомления(過労の日) でした。 気づかないうちに仕事を抱え込み、 心の余裕がなくなり、 まわりの人に резко отвечать(きつく当たってしまう) 自分がいました。

ロシア語には、 «Я сорвался»(思わず感情が爆発してしまった) という表現がありますが、まさにそんな感じの一日でした。

🌱 「無理をしない」という、静かな勇気

本当は、

  • не перегружать себя(自分を過負荷にしない)

  • слушать своё состояние(自分の状態に耳を澄ます)

  • держать свой ритм(自分のリズムを守る)

そんな働き方をしたいと思っています。

でも現実には、仕事量を自分で決められない日も多い。 気づけば、限界を超えてしまう。

ロシア語で「限界のサイン」は сигнал と言います。 昨日の僕は、まさにその сигнал を見逃していたのだと思います。

🌿 他人に当たってしまうストレスの行き場

過労でイライラし、 そのストレスを他人にぶつけてしまう。

ロシア語では、 «срывать злость на других»(怒りを他人にぶつける) という表現があります。

僕はまさにこれをしてしまうことがある。 そして、あとから静かに落ち込む。

でも、 «Я учусь жить по‑другому»(僕は少しずつ違う生き方を学んでいる) そう言えるようになりたい。

🌌 これからの方向 ― маленькие шаги(小さな一歩)

これからは、 自分の体調や心の声を、もっと丁寧に聞きながら働きたい。

  • 無理をしない

  • 自分の分量を守る

  • 疲れたら立ち止まる

そんな маленькие шаги(小さな一歩) を積み重ねていきたい。

ロシア語の世界には、 «Тише едешь — дальше будешь»(ゆっくり進めば、遠くまで行ける) ということわざがあります。

今の僕には、この言葉がしっくりきます。

🌙 Русский Oтдых ― 心が休む場所として

このブログ「ロシアンリラックス:RussianRelax:Русский Oтдых」は、 僕が自分のペースを取り戻すための場所でもあります。

働きすぎた日の反省も、 イライラしてしまった自分も、 ここにそっと置いていく。

Русский Oтдых(ロシアの休息)のように、 深呼吸できる静かな空気を、 この場所に少しずつ育てていきたい。

【工場みたいだった研究室と、本物の工場で学んだこと】

大学院のころ、担当教官がふと 「ここはまるで工場みたいだな」 とつぶやいたことがあります。

化学の研究室なのに、工場。 その言葉の意味を、当時の私は深く考えていませんでした。

けれど今振り返ると、あの一言は、私の人生の“予告編”のようなものだったのかもしれません。

■ 研究室は「知の現場」ではなく「生産ライン」だった

大学院の研究室は、知的な探求の場というより、 同じ操作を何度も繰り返す“生産ライン”のようでした。

  • 同じ実験を何度も回す

  • ルーティン化した操作

  • 「考える」より「こなす」ことが優先される

  • 研究者が作業者のようになっていく

教官の「工場みたいだ」という言葉は、皮肉ではなく、構造そのものを言い当てていたのだと思います。

■ そして私は、本物の工場に入った

大学を出て最初の就職先は、メッキ工場でした。

研究室で感じた“工場化”は比喩でしたが、 メッキ工場は、比喩ではなく現実そのもの。

  • 単調な作業

  • 身体の疲労

  • 工程に支配される時間

  • 仕事の意味を考える余裕がない

そこで私は、 「働くとはどういうことか」 を、頭ではなく身体で理解しました。

研究室での違和感が、現実の工場で“答え”になって返ってきたような感覚でした。

■ 工場で働く人たちのモチベーション

研究のモチベーションは「知的好奇心」や「成果」ですが、 工場のモチベーションはまったく別のところにあります。

  • 生活のため

  • 身体のリズム

  • 習熟の安心感

  • 仲間との連帯

どちらが上でも下でもなく、ただ“違う世界”でした。

私はその違いを、痛みとともに学びました。

■ 労働観がひっくり返った瞬間

昔の私は、どこかで 「天然資源(才能)がある人は働かなくていい」 と信じていたところがありました。

でも、研究も工場も、 どちらも人が身体を使い、時間を積み重ねていく営みでした。

メッキ工場での経験は、私の労働観を根底から変えました。 そして、その変化は、のちの精神の揺らぎや回復のプロセスにもつながっていきます。

あのときの“洗礼”は、今の私を形づくる大切な一部になっています。

■ 今、静かに思うこと

研究室での違和感も、工場での疲労も、 どちらも私の人生の一部であり、 今の私の価値観をつくってくれた経験です。

あのころの自分にはつらかったけれど、 今は少しだけ、やさしく振り返ることができるようになりました。