我が家の母さんも依存症でした
昨日、久しぶりに叔母さんの家に遊びに行きました。広い玄関、ピカピカのお家🏠
ついたら手作りのお寿司、コロッケ、天ぷら、豆のおこわ、新鮮なお刺身、わさびはすり下ろすタイプ
こんな贅沢な時間を過ごしたのは久しぶりで。
そう言えば、いつもお正月には新鮮な海鮮、肉、果物でお腹いっぱいに食べさせて貰った事を思い出しました。
そんな我が家の母は
勝手に親戚の冷蔵庫を開けて、男たちに混じり酒盛りをするタイプの人
幼い頃の記憶は酒で酔っ払っている母の記憶しかありません。
飲み会に行き、ずぶ濡れで帰ってきた母
タクシーを適当に降りて、歩いていたら用水路に落ちた…と真冬に震えながら帰って来ました
また酒を飲み外を散歩していた母
脱輪した車を助けようと車を持ち上げたら、自分の肩を脱臼…
急遽、救急受診に連れて行きました。
家では帰宅してすぐにビールを開けて飲む🍺酔っ払っていない母は見た事ありません。
いつか、肝硬変になって、肝がんになって死ぬんだと覚悟をしていました。
アルコール脳症の患者が朦朧とした幻覚を見ているのをみて、私の母も…いつかなる。
いくら泣きながら酒をやめて欲しい…と懇願しても、酒をやめたら生きる意味が無いと言い切る母🤱
次第に、もう酒で死ねるなら本望なんじゃ無いかと思う様になり、注意もしなくなりました。
けれど、そんな母は本当は気が小さく、優しい人柄の看護師でした。
夜勤で寝れないと仕事に差し支えるからと、酒を飲んで寝てから仕事に行く
嫌な事があっても、子供を頭ごなしに叱った事はありませんでした。
お母さんは温厚なんだなって思う位、怒ったりしない人…その鬱憤が酒に走らせたんだろう。
そして、責任感の強さと気の弱さ、頑張り屋の性格をカモフラージュする為に酒に走り、依存症になって行ったんです。
ある転んで骨折…
母の知り合いの整形外科医が、骨しか分からない俺がやばいと感じる
と母を説得し、肝臓の専門医の外来へ行く事になりました。
そこで初めて自分の身体と向き合う母…看護師なので、ヤバいのが分かってたのか…
それから一滴もお酒を飲んでいません!!
なかなか依存症は治りません。母のタイプへレアだと思う。だけど、希望はあります。
一度再開したらまた元通り
一滴でも酒は飲んだらダメなんです🙅♀️
ギャンブルもドラッグも一緒!
水原さんがギャンブル依存症だと公言されましたが、依存症にはやっぱり家族のサポートと役割が大切です
そして、仕事をしながら役割を持ち、ギャンブルをしない生活を取り戻してほしい。
家族の心配やこれからの辛さを考えると胸が痛みます。
おまけですが…
そんな母の事をおばさんは、酒飲むと面白い人だったんよー今は真面目すぎて物足りないねだって
もう酒を勧めるのはやめとくれー!!