「期待されて生きていくことに疲れた」
わたしも働いていて何度か感じたことがあります。
わたしは外資系企業で働いて10年弱程度経ちますが
コミュニケーション力や交渉力で評価されてきました。
しかし、まるで駄目なベーススキルがあります。
例えばパワーポイント。
これまでパワーポイントを書く経験もあまり積んでこなかったため、
現場で説明するためのパワーポイントは作成できるのですが、人に魅せるためのパワーポイントは作成できないのです。
そこで上司に言われた一言。
「現場にいる間はこのままでもいい。でもずっと書けないまま過ごすことは出来ないから練習したほうがいい。」
納得のいく一言でした。
自分でも弱いと思っている部分でしたから。
ただ、魅せるパワーポイントが書けなくても口頭で補足説明することで乗り越えて来た私にとって
魅せるパワーポイントを作成することは今まで必要なかったのです。
魅せるパワーポイントを作成できるようになれ、と言われたのは、次のステップを見据えてのことであると即座に理解はできました。
その期待も感じ、ここにきて魅せるパワーポイントを作成する練習をしろと言われ、最初の数日は頑張れました。
しかし、ある金曜日、ふと疲れたなと思って、立ち止まって考えてみたら
なぜ私はこんなに期待に応えようと頑張っているのだろうと思ってしまったのです。
確かにお金は稼げるようになりたい。
でも偉くなりたいかと言われたら、未だにそれは分かりません。
褒められるのは嬉しいし、期待されるのも嬉しい。
褒められて、期待されて、ここまで頑張って来れました。
しかしこの先のキャリア、何が待っているんだろうって、ふと立ち止まったのです。
私は幼少期から好きなことをして暮らしてきました。
大人になれば、好きなことを追い続けるのは難しい。
そう勝手に思っていました。
ただ、誰がそれを決めたんだろう、とふと思ったのです。
期待に応えようとしてストレスを抱えるよりも、好きなことをして暮らすほうが
きっと何十倍も楽しい。
そう思いませんか。
頭で分かっていてもなかなか実行は出来ないから難しいんですけどね。
「想い」を書いていきたい、自分なりの答えを言葉にすることで見つけたいと思った原点なので
まずはこの投稿を。
良いなと感じる引用:
人の期待に応えるために生きているのではないですものね。
“I’m not in this world to live up to your expectations and you’re not in this world to live up to mine.”
― Bruce Lee
あるポイントで期待値が0になったら、そこから先はすべてがボーナスステージ。
この考え方は素敵だなと思います。
“My expectations were reduced to zero when I was 21. Everything since then has been a bonus."
[The Science of Second-Guessing (New York Times Magazine Interview, December 12, 2004)]”
― Stephen W. Hawking