「水源」266ページ下段 より引用開始
ロークは、事務所に歩いて戻った。製図道具や、事務所にあるいくつかの私物を集めた。それらは、たった一つの包みに、まとまった。ロークは腕の下にその包みを抱えた。事務所のドアの鍵をかけて、管理人に告げる。アパートまで歩いて帰り、包みを置いた。それから、マイク・ドニガンの家に出かけた。
「駄目だったか?」と、ロークを一目見て、マイクが言う。
「駄目だった」と、ロークは答える。
「何が起きた?」
「またいつか、話す」
「ろくでなしどもが!」
「マイク、気にしないで」
「じゃあ、事務所はどうなる?」
「事務所は閉じた」
「ずっとか」
「当分の間は」
「くそ、忌々しい連中だぜ、赤毛よお。ほんとにどうしようもない馬鹿ばかりだな!」
「いいんだ、仕事がいるんだ。マイク。助けてくれないか?」
「俺が?」
「ニューヨークの、こういった業界には、誰も知り合いがいないんだ。僕を助けてくれるような知り合いはいない。あんたは、知っているだろう、この業界の人なら」
「どの業界だ?何のことを言っている?」
「建築工事のさ。現場仕事のさ。前に僕がしていたみたいな」
「つまり、その工事現場の作業員ってことか?」
「そう、工事現場の作業員」
「あんた、頭がおかしくなってるぞ。大丈夫か?」
「やめてくれよ、マイク。仕事紹介してくれないか?」
「しかし、いったいなんで?設計事務所で聞こえのいい職につけるだろうが。できるって、わかっているだろう」
「その気がないんだ、マイク。もうしない」
「なんでだ?」
「もう、触りたくもないんだ。見たくもない。世間がしたいことをするのを手助けする仕事はしたくない」
「似たような線で、聞こえのいい汚れない職につけるだろうが」
「いずれは、聞こえのいい汚れない職を考えなければならなくなるだろうけど、今は考えたくない。そういうのはしたくない。僕がどこに行こうと、世間のやり方でしなくてはならないだろうからな。世間のことは考えないで済む仕事が欲しい」
「建築家は現場作業員の仕事はしないもんだ」
「ここにいる建築家ができるのは、それだけなんだ」
***中略***
「ないことはないぞ。あるぞ。前に言っただろ、俺が。理由を聞けよ。あんたがいる金ならば、あんたが仕事でできるまで・・・」「オースティン・ヘラーに言ったことを、あんたにも言うよ。金などくれたら、僕たちの友情はおしまいだ」
「なんでだよ?」
「マイク、議論はしない」
「しかしだ・・・」
「僕は助けてくれって、僕はあんたに本気で頼んでいる。そういう仕事が欲しいんだ。僕がかわいそうだなんて思うことはないよ。僕はそんなふうに自分のこと思ってないから」
「しかし、・・・しかし、なにが起きるかわからないぞ、赤毛よお」
「どこで何が起きるって」
「つまりさ・・・未来のことだけど」
「金が貯めたら、またもどってくる。さもなきゃ、その前に誰かが僕を呼びに来るさ」
***中略***
「現場監督にひとりが、今、ちょうどこの街に来ている。採石場で働いたことあるか?」
「一度ね、随分、昔のことだけど」
「そこならいいか?」
「もちろん」
「そいつに会ってくるよ。あんたの素性は言わないことにしようぜ。単に俺の友だちってことで。それでいいよな」
「ありがとう、マイク」
マイクは、コートに手を伸ばして、それから両手をだらりと落とした。床を見つめている。
「赤毛よお」
「これでいいんだ、マイク」
引用終わり