「水源」285ページ上段 より引用開始
ドミニクは、その番、古くからの別荘管理人とその妻に、残っていてくれるように頼んだ。その夫妻のおずおずと遠慮がちに控えている姿は、ドミニクの別荘を封建領主のしろそっくりに見せる。7字に召使用の出入り口のベルが鳴るのが聞こえた。老婦人が、あの男を広々とした玄関ホールに案内してくる。ドミニクは、そのホールから始まる豪華な会談の踊場で立っている。
ドミニクは自分を見上げていながら近寄ってくるその男を見つめている。その姿勢が、入念に計算された故意にとったものであることを、その男がいぶかしく思うぐらいにたっぷりと長く、ドミニクはその姿勢をとっている。その男が、そのことを確信したその瞬間に、彼女はその姿勢を崩して、「こんばんは」と、言った。その声は、飾り気なく静かだった。
その男は挨拶を返さない。ただ、会釈しただけだ。男は度も肉の立っている場所に向かって階段を上がってくる。作業衣を着て、工具の入った鞄を提げている。その男の身のこなしは、彼女の別荘には、その磨きぬかれた階段には、凝ったいかめしい造りの手すりには、似つかわしくない。
その身のこなしは、機敏で、ある種くつろいだ活力というものを発散している。ドミニクは、その男が自分の別荘において、不恰好にも釣り合わないように見えるだろうと期待していた。ところが、その男の周りで不恰好にも釣り合わないのは、この別荘なのだ。
ドミニクは片手を動かして、寝室のドアを示す。男は、素直に彼女の後に続く。
男は、素直に彼女の後に続く。寝室の中に入っても、その男は部屋の内部について気にも留めないように見える。まるで作業場に入っているような調子でいる。まっすぐに暖炉に向かって歩いていく。「そこにあるでしょ」と、ドミニクは大理石板を指差しながら言う。
男は何も言わない。膝をついて、かばんから細い金属製の楔を取り出して、大理石板の裂け目にその先端をあてている。それからハンマーを取り一撃する。大理石は、長く深く裂けて割れる。
男はドミニクをちらりと見上げる。それは、ドミニクが恐れていたまなざしだ。答えようにも応答できない笑いのまなざしだ。なぜならば、その笑いは目に見えるものではなく、単に感じられるものだったから。男は言う。
「さ、壊れた。取り替えなくてはなりませんね」
ドミニクは平静に訊ねる。
「これがどの種の大理石で、これと同じようなものをどこで注文したらいいか、あなた、わかる?」
「わかりますよ、フランコンのお嬢さん」
「じゃあ、そうして、これを取り外して」
「はい、お嬢さん」
引用終わり