薬なしあとぴっこママの脱!肌トラブル -13ページ目

薬なしあとぴっこママの脱!肌トラブル

元重症肌トラブルを乗り越えた娘と夫。自身の体調不調。全てを投げ出したかった毎日が今では笑顔の日々に。

人はいつからでも変われる。

同じ思いをしている方、1人じゃないですよ*☽:゚

月日は経ち、

偶然にも自然療法を扱う職場に就職しました。

 

そこで今まで知っていた世界とは

全く違う考えに触れました。

 

湿疹や咳や鼻水などの

身体が排出をしようとする意味、

ステロイドのリスク、

食事の大切さ…

 

目から鱗な状態でした。

こんな考えがあったんだ!びっくり

主人は良く無い物を使ってる…

と気付いて伝えなきゃ!と思いました。

主人はそういった類には興味が無く、

薬を信じていました。

自分から何かを改善しようという気も

あまり無くとても温度差がありました。

私がしつこく押し付けると嫌がるし、

言い合いの様になる事も度々ありました。

 

なので自身では調べる事は続けて

たまに伝える位にしていました。

その結果が現在です。

もう薬無しでは生きられない

状態にまでなってしまいました。

 

元々人の目を気にする繊細なタイプですが、

さらに拍車がかかりました。

とても生きづらそうです。

風邪もよくひくし、

体も常にだるそうで、いつも疲れています。

長くなりましたが、最終的に分かったのは、

薬を使用してる限りは、

本当の意味での治療には

ならないという事でした。

たった1つの湿疹にステロイドを塗り始め

こんな未来が待っているなんて

誰が想像していたでしょうかあせる

 

 

身体はその人自身のものなので、

どう扱うかは本人の自由です。

 

私はアトピーでは無いので

本人の辛さは想像を絶するものでしょう汗

 

ですが、よくも悪くも

やっただけの事が反映される。

 

そして時が経つほど複雑になるのだなぁと

感じる日々です。

 

側で見ていた人の視点として、

今までを振り返って書いてみました*.⭐︎

私の体力的に授乳は無理だと判断し、

断乳しました。

 

しかし1度目の断乳が上手くいかず、
助産院で再度断乳ケアを行い完了する。
それから少しずつ体重が
戻ってくるが筋肉は

ごっそり失われてしまいました。

娘はアレルギー疑惑があったので

検査をすると全ての項目に引っかかりました。


 特に犬アレルギーがクラス6で致命的でした。


私の職業はトリマーだったのです…。

毎日大量につく犬の毛を払って、

そのあと娘の保育園にお迎えをイメージする。


それが問題なく出来るとは到底思えなかった💦
体力も思うように戻らない…

退職を決断しました。


娘の皮膚は少しずつですが

良くなっていきました。






 しかし12ヶ月検診で発達が遅れているからと

総合病院を紹介されました。


娘のアトピーや発達、職を失う、自分の体の事…

先行き見えない色んな不安。


食生活気をつけてれば
体を大事にしていたら
もっと色々考えてたら
私は毎日心の中で自分を責め続けました。


いつしか

楽しい、嬉しいといった感情は全く無くなり

ただ生きているだけでした。


 痒がる娘を見ると辛い苦しい

とてつもない無力感と罪悪感。
底なし沼に沈んでいくような感覚。

ふとした時に全く笑ってないと気付きました。

鏡にうつる自分を見ると生気がなく

無表情で人形のよう。

体は衰えたまま。


娘のおめでたい一歳の誕生日も

こんな感情のまま迎えてしまいました。

↑母が用意してくれた一升餅を背負っている所

この苦しみから逃れたい

早く消えてしまいたいと

思うようになっていきました。


でも私がいなくなったら娘は困るよね。


娘の存在が抑止力でした。

主人は現在、粘膜以外は全身アトピーです。

 

・ストロンゲストのステ(今月からランク上がりました)

・ベリーストロングのステとヒルドイドの混合薬

・コレクチム軟膏

・ドレニゾンテープ(これも今月からです)

・免疫抑制剤と抗アレルギー内服薬(アレルギーありませんが)

を毎日内服、塗布しています。

知り合ったのは13年前で、
その時の主人はアトピーではありませんでした。


当時の主人は大学生で一人暮らしで
食事はお惣菜やレトルト、夜更かし。
その不摂生は肌に表れ、
ポツッと湿疹が出来てきました。
普通によくある湿疹です。

年頃で、私とも付き合い始めた頃だったので、
気になり皮膚科を受診したそうです。
処方されたのはステロイド。

塗ると綺麗になる。

でも生活もマインドも

何も変わってないのでまた出る。

塗る、出る。湿疹が徐々に増える…。


ここから主人の薬漬けの生活が始まります汗

付き合って2年程経って、

主人の皮膚の異常に気付きました。
顔の皮膚が全体的に赤くなったり、
カサカサしたりしているのです。

そこでようやく私は
アトピーだという事を知りました💦
でも、今まで自分や周りに
アトピーの人も居なくて病院通えば良くなると、
深く考えていませんでしたぐすん

睡眠不足と体調の悪さで、寝たくても寝れなくなり
音や光に異常に過敏になっていきました。
頭が常に重たくてまわらない。

産後60㎏あった体重が45㎏になっていました。
妊娠前は56Kgだったので、
いつぶりにこんな数字を見ただろう…
↑母がプレゼントを買ってきてくれた時の写真

この頃の
見た目は骨が浮き出てガリガリ。
7Kgの娘を抱くと重すぎて腕がちぎれそう。
声を出すのもしんどい。
↑必死に離乳食をあげています娘ごめんねえーん


…このまま死んでしまうのだろうか。

周りにいる高齢者の方のほうが
よっぽど元気だと思いました。
重大な病気かもと思い
病院を受診しCTや何度も血液検査を受ける。

肝臓の数値が高かったがそれ以外は特に何もなく、
治療するまでもなく様子を見る事に。
家では毎日、娘の皮膚の一進一退
心が左右される。




体は相変わらず調子が悪い。

娘の成長も遅く、その面でも精神をすり減らす。

周りのママ達は元気そうだし、
子供も発達問題ないしアトピーないし…


なんで私ばっかり…どうしたらいいの助けて…


動く体力気力も無くなり、
じっとする時間が多くなりました。

母が娘のお世話を主にしてくれました。
両親がいなければどうなっていたのだろうと思います。
本当にありがとう汗

※ここから数記事、当時の心境など

ありのままに書くので暗いですあせる



毎日掻きむしり、

シーツや服が浸出液と血だらけ。

小さくて可愛い赤ちゃんの服。

生まれる前の水通しの時は

あんなに楽しみだったのに

 


思い描いていたものとは
全く違う現実汗
洗う度に悲しい気持ちになりました。


私の体重もさらに落ち、力が入りにくくなる。


4ヶ月検診の日、母に付き添いをお願いし、
久しぶりに再会。
私が結構痩せていたので、
母が娘と一緒に実家に来るよう

提案してくれました。

実家に帰り、家事などは母が行なってくれ
すごく助かった。


ご飯もしっかり食べた。
でもなぜか、日に日に体重が落ちていくのです。

母乳の出も少なくなり頻回に授乳。
授乳する度に私の生気も吸われる感覚でした。

授乳するのが怖くなっていきました。

娘の体重の停滞と私の体調不良もあり、
病院でミルクを勧められ切り替える。


ミルクを飲んで娘の体重は少し増えだす。
でも足に湿疹が出るようになった…
(今はミルクの質や成分など

合ってなかったと分かります)


足の湿疹がじわじわ広がり、

腕の関節にも出てくる。



掻く範囲が広がり、

痒みで娘はますます睡眠時間が

少なくなりました。
日中痒がらない時間がたまにあるのが、
とてもありがたかった。

私の体力気力がなくなっていったので、

母が明るく娘に接してくれました。







私は休めばいいものの、

空き時間があればネットで
取り憑かれたように調べまくってました…
情報の海に溺れていました。

途中、娘は体重が増えにくくなり、

アルブミンも心配で

離乳食も早めに始めました。


アレルギーの疑いもあり、中々進まない。


離乳食の時間が苦痛でしょうがなかった。
必死に食べさせて

娘には申し訳ない事をしてしまいました汗


でも食べなきゃアルブミンが!
体重減ったらダメだ!最悪死んじゃう!
ミルクも離乳食もしっかりあげなきゃ!
毎日体重測って

恐怖と苦しさの中で生きていました。

早く解放されたくて、

こうしなきゃでガチガチになっていました。