こんな日はお散歩したくなりますね。
とにかく身体を動かしたいです。
身体の自由がきかないというのは何とも不便なもので、自由だったときに気付けなかったことを沢山痛感させられます。
先日、右の踵に激痛がはしり、夜間救急に駆け込みました。(足を怪我?しているのに駆け込むというのも面白い話ですね)
そこで発覚したのが、骨嚢腫(こつのうしゅ)
骨に穴が開いておりました。
手術することが決定したにも関わらず、中々日程が合わずに今日に至っております。
こうなると、外出が難しい。
意味のない外出が好きな私にとってこれは激しいストレスとなりました。
本を読むのも絵を描くのも好きですが、身体が動かせない苦痛で集中力が続かない。
自分の精神的な脆さを嫌というほど感じました。
やりたいことを自由にやれていたことが如何に幸せで合ったか、如何に周りの人たちに支えられてたか、如何に自分が今まで我が儘であったか、不遜で合ったか、傲慢であったか…
考えないように、見ないようにと、目を逸らしていたことに直面しました。
謙虚と卑屈を取り違え、素直な振りをしてただ従順なだけであった自分が、急に恥ずかしく、私という人間が如何に小さな人間であるのかを感じざるを得ませんでした。
私は漸く自分と正面から向き合ったのです。
二十余年生きてきてやっと自分を知ろうとしているのです。
外側の自分ではなく、内側にいる自分
見るには、知るには辛いことがあるかもしれません。
寧ろ辛いことばかりだと思います。
けれど、開き直るわけにもいきません
私の知らない私と向き合ってくれた人や、私を作り上げた環境に負けないために、何より私のために私は私から逃げてはいけないのだと思います。
神様がくれたチャンスだと思って、今の私が私を考えて、見付ける機会ということとしましょう
そうして私は私をもっと楽しもうと思います。
