ペーパーバック版「FOCUSING」
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Chap.8 If You Can't Find a Felt Sense
第8章「もしフェルトセンスが見つからないとき」
   
When There Is No Feeling Apart From the Words

「ことばとは分けて離れた”感じ・きもち”がみあたらないとき」




もしあなたが何かの「感じ・きもち」も「フェルトセンス」も、

言葉と分けて はっきりと違うことが感じられないのなら、

または

もしあなたの「感じ・きもち」がいつもぴったりと言葉と完璧に一致しているなら、

それは全部おなじひとつの状態になっています。
以下を、試してみてください;

通常の最初のフォーカシングのうごき(以下)をとばしスキップしてください。

最初のフォーカシングのうごき;
スペースをクリアにして、
あなたの抱えるトラブルをまとめて全部一方へと追いやり、
静かに 受けとめる受容的な態度で 座ること。)

そうして、

あなたの思いつくなかでもっとも気持ちのこもる、
きもちが乗っている言葉やフレーズを、

ゆっくりと、何度でも何度でも十回二十回でも繰り返してみる・・

こんな風に;「私はそれが怖い...それが怖い...」

その時毎回、その言葉のまわりに、いくつか質問を漂わせてください

:「怖い、ってなんのこと?うちがわでどんなふうに感じるの?
どこで、それを感じてるの?」



最初に、このことばときもちはおおよそ正確にぜんぶひとかたまりで、

でもしばらくすると、あなたはその「感じ」がもっと、

言うなればことばの輪郭よりもはみ出して大きい何かへと、成長しているのに気がつくでしょう。


あなたはそれを見つけ出す、yes、そうです。

ことばは正しいのですが、でもことばは気持ちの中心・センターを担うだけなのです。

実際には、きもちへと向かう ”それ以上のもの” が

そこにあるのです。


シカゴにいるうちの優秀なフォーカシングの教師のひとりが、わたしにこう話してくれました;

”最初、わたしがフォーカスしようとするとき、フェルトセンスを得ることはありませんでした。

わたしが得るのはわたしが感じられた言葉がすべてで、そこにはことばのなかにぴったり正しいものを除いては、そこに存在したりしなかったのです。

わたしの言葉は定義(ことばの示す意味の範囲)のようなもので、

わたしは自分の気持ちを、
さも言葉と正確に同じになるように

そう見なすように
きもちを定義するようにしています。


わたしはただいつもそれぞれの気持ちの中心部分だけを見つめていて、

その中心部できもちは、言葉が伝えるもの、でした。

そこから三ヶ月たって、ある日わたしはそこにきもちへと向かう「それ以上のもの」があることに気がつきました。

それには、ある種の、曖昧な輪郭がありました。

それらは 言葉の得ているもの を越えて、存在していました。

それはわたしにとって、ブレイクスルー(突破)でした。


「曖昧な輪郭の状態でそこにある気持ち」、それが、フェルトセンスです。

わたしはいま、そのとらえ方やり方で、教えています。





気持ちの曖昧な輪郭(周辺部分)を見つけるとき、

または、

言葉から分離させて気持ちをとらえようとするとき、


どのあたりで、何が、あなたをそう感じさせるかを

感じ取ろうとしながら、


もっとも意味が深く響くフレーズや文を口にしてみるのを

「繰り返す」のが、助けになります。