ブログを書き始めて、毎日ボ~っと過ごしていた私の生活が少し変化したかな?と実感し始めた今日この頃。
でも私には心にどうしても埋める事の出来ない大きな穴があります。
それは、現在ワンコを15匹も飼う事になるきっかけでもありました。

まず、紹介するのは、私の亡き愛犬「秋陽(ちはる)」君です。2010年7月1日生まれ:享年1歳

あやワンコママのブログ


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実家の母が「うつ病」と診断されて、入院して1ヶ月くらい過ぎた頃に、心も身体も疲れきった私のもとに来たちぃ君、穏やかな秋の日差しに眩しそうに目をショボショボさせながら初めての車にキョトン?と乗っていた姿が可愛くて、しかも生後5ヶ月近く経っていたので、親元さんから「チワワのちぃ君です」と紹介を受けたのもあって、ちぃ君はもう確定だなって事で「ち」から始まる名前を考えました。そして思いついたのは「ちはる」でした。

携帯の漢字変換機能で「ち」と入れて変換したら「秋」の字が出て来ました。(機種によって違ったりするのかな?)即決「ち」は秋の字に決定。次も同じ様に「はる」も変換してみると「陽」の字が、この「陽」には「陰陽」に例えられる様に、この字には生命を明るくする意味がある、生命の源と書かれていました。

こうして「秋陽」は小さな身体に立派な名前がつきました。
ちぃ君は小さな体で、私をたくさん癒してくれる唯一無二の存在(娘、ゴメンあせる)になりました。

私が自宅で結構大きな怪我をしてしまい、救急車を呼んでしまった時も、旦那ちゃまが大病を患い赴任先から連絡があった時も、母が病状から来る気持ちのコントロール不可で、ストレスを私にぶつけて来て凹んだ時にも、ちぃ君は私が帰宅するとそっと私の膝に乗って来て言葉は話せませんが気持ちで「おかえり」と言ってくれていました。
私は、ちぃ君を抱っこして笑ったり、涙したり楽しい日々は永遠ではないものの、まだまだ続くものだと思っていました。


2011年7月1日、ちぃ君1歳バースデーケーキ
その日、私は旦那ちゃまが次に赴任する予定の熊本県天草に行っていました。
片道5時間、私はどうしてもちぃ君のお誕生日のお祝いをしてあげたくて帰路を急ぎましたが、帰り着いたのは2日に日付が変わってからでした、帰宅した私にいつもの様に「おかえり」って来たちぃ君に「お誕生日1日遅くなったけどおめでとう、明日お祝いはしようね、来年はちゃんと7月1日にお祝いしようね」って約束しました。ちぃ君は分かっているのか?いないのか?いつもの様に可愛いお顔で私を見上げて「お留守番頑張ったよ、ママ良い子、良い子して」って、まさかその30日後にお別れが来るなんて、ちぃ君は知っていたのかなぁ?

7月26日に我が家に来て始めて、ちぃ君がご飯を残しました。その当時、仕事をしていたので帰宅していつも通りに挨拶をして、ご飯の用意をして、いつも通りだったはず、ちぃ君の食欲以外は…。でも疲れと忙しさで「あれ?ちぃ君ご飯食べないの?どうしたの?」って、その時点で病院に行ってたら、今もここにちぃ君は居たのかなぁ?

27日朝、またご飯を少し残してました。だけどちょうどその時ワイドショーで「犬の熱中症」って話題がテレビから聞こえて目をテレビに向けて、ちぃ君の症状と比べてみて、ちぃ君は症状が違う、瞳の輝きOK!!お鼻真っ黒しっとり!!皮膚張り上々!!ちぃ君は病気じゃない、ただ少し食欲がないだけ、今日はママと一緒にゆっくりしようね~って、一緒に普通に過ごしました。
バカな私、ヒマだったなのにちぃ君からのサインを見過ごした。ちぃ君きっと頭、痛かったよね。

27日夜、やっぱりご飯を食べない。この時点でやっと少しだけ焦った私、行きつけの病院はまだ診療時間「ちぃ君病院いってみる~?」なんてのんきに言いながら用意、病院でも「何だか食欲がないんです、元気はあるんですが?」なんて言って、多分自分が「何とも無いです」って言ってもらいたくて行っただけの病院。


Dr.も私の緊迫感の無さに「ちぃ君どうしたの?ご飯食べなくてお母さんを困らせてるの?」なんて言ってた、ブドウ糖のシロップもらって「お母さん困らせちゃダメよ~」ってちぃ君が悪者みたいに言われて、私も「ねぇ~」なんて言ってレントゲンもお願いしないまま帰宅。
嫌がるちぃ君の口を開けてシロップ与えて、看病した気になってた。

28日朝、2口ご飯を食べたちぃ君に「あれ?偉いね~薬が効いたかなぁ?」って、残したご飯も気にせずまた嫌がるちぃ君にシロップ飲ませたね。お口の回りがシロップでベタベタになって「も~」なんて言いながら口を拭いて、いつも通りだったんだよね?

28日夜、旦那ちゃま帰宅。
「ちぃ、ご飯を食べなくってお母さん困らせてるんだって?」って抱っこしてもらって、尻尾振ってたよね。でもますます頭は痛くなってたはず。

29日朝、全くご飯を食べず。でも用事があったから「ちぃ君、ばぁばん家で待っててね」ってさすがにお留守番は怖かったから病院とは反対方向のばぁばの家に預けてお出かけ。
途中「ちぃ君どう?」って確認したけど「大丈夫よ、いつも通りお利口さんだよ」って言葉に安心して、早めに切り上げられるはずだった用事を終わらせちゃったんだよね。

29日夜、ご飯全く食べず。病院に連絡
「担当Dr.が今日は当番じゃないから、明日の朝の方が良いですよ」って言葉に「担当Dr.じゃなくても診て下さい」って言えなくて、「はい」って答えた。
旦那ちゃまは仕事先に帰っちゃったし、ゆっくりちぃ君と一晩同じお布団で寝てた。
途中で何回もウロウロするちぃ君に「寝なさい」何て愚かな。

30日朝、痙攣が始まってビックリして慌てて病院に。
受付待ってたらまた痙攣が起きて、「助けて下さい」って慌てるの遅すぎた。
直ぐにちぃ君は私の腕から看護師さんの手に、力なく下がったちぃ君の尻尾。
Dr.に呼ばれて「少し脳圧が上がっていますね、『水頭症』の疑いがあるので検査します。同時に脳圧を下げる点滴を始めます」って説明にただ「お願いします」としか言えなくて、待合室で長い時間(本当は何分だったのかも?)待ってる間に携帯で「水頭症」って検索、私は医療に関わるお仕事してたのに、詳しく知らなかった。

再び呼ばれて診察室へ。
ちぃ君の姿はなかった「脳圧を下げる点滴をしながら酸素の調整が出来るお部屋に居ます。脳圧が高すぎて検査は出来なかったけど水頭症の発症で間違いないでしょう、今晩点滴を入れたら脳圧も下がって来ると思いますので入院させてあげて下さい。外は暑いし元気になってから車に乗って帰った方がちぃ君も楽ですよ」って、Dr.の言葉を信じて「お願いします、でもちぃ君のご飯とか持って来てませんけど大丈夫ですか?」何て見当違いの質問して笑われたっけ?

看護師さんに「ちぃ君に会うと、ちぃ君が置いて行かれたって思うから本当は合わない方が良いんですがどうされますか?」って聞かれて、「じゃあ、かわいそうなのでこのまま帰ります。よろしくお願いします」って良い格好して…。
そのままお別れなんて聞いてないもの、明日元気になって車に乗せて帰れるって聞いたからそうしたのに、帰路も「明日はこの道をちぃくんと一緒に帰れる」なんて自分に言い聞かせながら帰ったのに。

夕方、病院に連絡。
「ちぃ君はどうですか?」半日点滴したんだもん、さっきあんなにグッタリしてたのに「置いて行かれるって思う」って言われたから、今頃はもう帰りたくて騒いじゃって、もしかしたら「もうお迎えに来て下さい」なんて言われるかも?なんて考えながら保留音聞いてたら「Dr.の○○です、ちぃ君ずい分元気になって頭を上げてスッタフが出入りすると『お母さんは?』って顔してますよ。でもまだ脳圧が少し高いのでやっぱり今晩はお泊まりです、昨晩寝れなかったって言われてたし、お母さんも今晩はゆっくりされて下さい」って。
信じたよ、「ありがとうございます、じゃあ明日お迎えに行きます」って電話なのに頭下げてお礼言ってて娘ちゃんに笑われた。

黄色い花一度切ります黄色い花