数時間前のこと、我が家の愛犬有希が永眠したとの知らせが。
17歳、犬としては大往生。
彼女と出会ったのは、わたしが21歳の頃。ブリーダーをしていた親戚から、『ロングコートチワワの子犬が生まれたから、見においで』との連絡を受けてのことだった。
わたしが中学生の頃、その親戚から譲り受けて、マルチーズを飼ったことがある。だが、不注意から、死なせてしまった。まだ1歳の若い命。
本当に辛かった。皆泣いたし、心の傷になった。特に元々『死ぬのが可哀想』で反対だった父は、二度と犬は飼いたくなかっただろう。
だから、父には相談せず、母と2人で犬を見に行った。
兄弟犬は、4~5匹いたかな。その中で、一目で気に入った。とても元気な子。母も初めからどこかでそのつもりだっただろう、親戚のおじさんも見越していただろう、わたしがこの子をもらうと決め、連れて帰った。父も反対しなかった。
有希と名付けた。JUDY AND MARYのユキちゃんから拝借した。希望が、有りますように。
ぴょんぴょん跳ねまわった。気の小さい臆病な子だけど、どこか頑固だったり、家族が帰ると喜んで顔をペロペロ舐めたり。頭も良くて、こちらの言葉の意味も、全部わかってるんじゃないかと思った。
車にも乗った。膝に乗せて、こっそり遠出をしたり、友達に会わせたりした。
お風呂も爪切りも嫌いで、キャンと泣くのが辛くて、母がトリマーに連れていってやってもらっていた。
わたしはそれから5年後東京に出て、それからは年に何度か会うだけだったが、彼女はいつも大歓迎をしてくれた。
また東京から地元に戻った1年半は一緒に過ごしたけれど。
12歳くらいから、だんだん衰えて、ぴょんぴょん跳ねなくなった。
白内障で目も悪くなり、歯も抜け、耳も遠くなり、トボトボとしか歩かなくなり、余計に臆病になった。
呼んでも無視したり、億劫そうにやってきたり、でも食欲だけはあって、母が台所に立つと、期待の眼差しで見上げていた。
その子が、全部吐いて、何も食べない、との連絡が来た。
母の実家に住む母の妹のところに預けて、母は上京しているタイミングだった。
母はとんぼ帰り。
そして、もうダメかも知れないと。
今日の営業を終えて、明日の朝、飛行機に乗ろうと思った。
最後に、どうしても会ってあげたかった。
が、営業中の深夜1時。
ダメだったよ……と連絡が。
ごめんね、ゆき。
あなたの一生は、わたしが決めました。
家に来て、幸せでしたか?
わかんないよね、他の一生は味わえないもんね。
これを書いていて、やっと、やっと、涙が出てきたよ。
もう、何もしてあげられないね。
ありがとう、家に幸せな時間を、ありがとう。
母は、一番泣いているだろう。
何度か、新しく犬を飼うよう勧めたことがあって。
犬の寿命は長くない。そして、年老いていく両親、母がゆきが死んだ後、急に老け込んだりしそうで、そんな心配から、もう一匹飼うよう勧めたのだけれど。
母は、結局飼わなかった。愛情が分散してしまっては、ゆきが可哀想だからと。
ゆきを17歳まで生きさせたのは、母の愛情。ありがとう。
もっといっぱい、一緒にいてあげたかったな。
ごめんよ、身勝手で振り回して。
幸せだった?
俺は、君に会えて、本当に幸せだったよ。
ありがとう、ゆき。
さよなら。
17歳、犬としては大往生。
彼女と出会ったのは、わたしが21歳の頃。ブリーダーをしていた親戚から、『ロングコートチワワの子犬が生まれたから、見においで』との連絡を受けてのことだった。
わたしが中学生の頃、その親戚から譲り受けて、マルチーズを飼ったことがある。だが、不注意から、死なせてしまった。まだ1歳の若い命。
本当に辛かった。皆泣いたし、心の傷になった。特に元々『死ぬのが可哀想』で反対だった父は、二度と犬は飼いたくなかっただろう。
だから、父には相談せず、母と2人で犬を見に行った。
兄弟犬は、4~5匹いたかな。その中で、一目で気に入った。とても元気な子。母も初めからどこかでそのつもりだっただろう、親戚のおじさんも見越していただろう、わたしがこの子をもらうと決め、連れて帰った。父も反対しなかった。
有希と名付けた。JUDY AND MARYのユキちゃんから拝借した。希望が、有りますように。
ぴょんぴょん跳ねまわった。気の小さい臆病な子だけど、どこか頑固だったり、家族が帰ると喜んで顔をペロペロ舐めたり。頭も良くて、こちらの言葉の意味も、全部わかってるんじゃないかと思った。
車にも乗った。膝に乗せて、こっそり遠出をしたり、友達に会わせたりした。
お風呂も爪切りも嫌いで、キャンと泣くのが辛くて、母がトリマーに連れていってやってもらっていた。
わたしはそれから5年後東京に出て、それからは年に何度か会うだけだったが、彼女はいつも大歓迎をしてくれた。
また東京から地元に戻った1年半は一緒に過ごしたけれど。
12歳くらいから、だんだん衰えて、ぴょんぴょん跳ねなくなった。
白内障で目も悪くなり、歯も抜け、耳も遠くなり、トボトボとしか歩かなくなり、余計に臆病になった。
呼んでも無視したり、億劫そうにやってきたり、でも食欲だけはあって、母が台所に立つと、期待の眼差しで見上げていた。
その子が、全部吐いて、何も食べない、との連絡が来た。
母の実家に住む母の妹のところに預けて、母は上京しているタイミングだった。
母はとんぼ帰り。
そして、もうダメかも知れないと。
今日の営業を終えて、明日の朝、飛行機に乗ろうと思った。
最後に、どうしても会ってあげたかった。
が、営業中の深夜1時。
ダメだったよ……と連絡が。
ごめんね、ゆき。
あなたの一生は、わたしが決めました。
家に来て、幸せでしたか?
わかんないよね、他の一生は味わえないもんね。
これを書いていて、やっと、やっと、涙が出てきたよ。
もう、何もしてあげられないね。
ありがとう、家に幸せな時間を、ありがとう。
母は、一番泣いているだろう。
何度か、新しく犬を飼うよう勧めたことがあって。
犬の寿命は長くない。そして、年老いていく両親、母がゆきが死んだ後、急に老け込んだりしそうで、そんな心配から、もう一匹飼うよう勧めたのだけれど。
母は、結局飼わなかった。愛情が分散してしまっては、ゆきが可哀想だからと。
ゆきを17歳まで生きさせたのは、母の愛情。ありがとう。
もっといっぱい、一緒にいてあげたかったな。
ごめんよ、身勝手で振り回して。
幸せだった?
俺は、君に会えて、本当に幸せだったよ。
ありがとう、ゆき。
さよなら。