こんばんは 最近夜がとても眠い あやみぃ です
いやはや ふとアニメで、小さい頃病弱だった子が運動に目覚め今ではオーバーワーク気味に激しく動いている。というシーンを見ていて、もしこの子が自分の子供だったら、この行動をどう思うだろう…、なんてことを考えてました。
病弱で家にこもりがちで中々他の子と同じようには遊ばせてあげられない状況はもちろん、どうにかしてあげたいと心底思うのでしょうが。ある日ある事をきっかけに「動くの楽しい!」と言いだし、目を輝かせて日々激しく動くようになったら、嬉しい反面、「もしそれがきっかけで取り返しのつかないことになってしまったらどうしよう…」という心配もついてくるだろうなと思うのです。
ねぇ?だってねぇ、もしものことがあったら、悔やんでも悔やみきれないでしょうし…。
かと言って「やめなさい」とも…、楽しそうなわが子を見ているととてもじゃないけど言えないだろうしな…。とか。
もし、やめなさいと言ってやめさせ、命に関わるリスクを減らすかわりに動けない状態をずっと続けさせるか。よし、やりたいようにやりなさい。と言って、何が起きるか分らないかわりに激しい運動をさせるか。
もし私が親ならどっちが正しいかなんて結局答えは出せずじまいであやふやにしてしまいそうですが、一番ベストなのは、その本人が、後悔しない選択なんだろうと思ったりして…、それでも100%『こっちの選択にしてよかった!!』と思えるには中々の心構えが必要になる気がしますね。(・・;)
子供に選択させるにはあまりに荷が重すぎる、この選択がこの子にとって正しいものになるかどうかは分からない。けれど、こっちにしよう!と、決めた選択に。心の底からよかったと思えるのは、きっと本人から「あの時こうしてくれてありがとう、お母さんの子でよかった」と、言われる日が来たときなのかもしれませんね~。
もし「あの時母さんがこうしろって言ったから僕はこうなってしまったんだ!」なんて言われた日には、もうたまったもんじゃないですもんね…。(゜-゜私は自分を責めて責めて責め潰すことでしょうね…うーん。
結果。もし運動中に何かが起こって一生引きずるようなモノを持ってしまったとして、運動させたことを悔む私に「それでも僕は後悔していない、運動させてくれてありがとう」と、私の選択に迷いなく感謝の意を向ける選択をすることが出来た我が子がいたとしたら、きっと私はとてつもない救いをもらえることになるのかもしれないですね。
それこそ、この子のこの時の言葉を聞くために、私は生まれ、すべての苦しいことをくぐりぬけこの子をと出会い傍にいて。まさにこの瞬間のために。
とまで言ってしまっても過言ではないくらいに。私の人生のこの瞬間にいたるまでにしてきた数えきれない全ての選択が間違ってはいなかったと思えるくらいに。
ムフフ。)^o^(
そんな瞬間を遠からず目先に掲げながら、日々を模索して生きてゆく今日この頃です。ウフフ。
ハイキュー!!で ゴミバコポイポイ翔陽。
あはは~ん! 運動したい! バドミントンしたい!!ヽ(^o^)丿
