ハルヒの消失を見てきた。ネタバレ注意です。
池袋のシネマサンシャイン1:20AMの会。レイトショーで始発もないこの時間なのに満席だった。
長門が可愛いかった。ハルヒも甲陽園の制服がとてもよくお似合いですよだった。かわいい。
けいおん!の作画のにおいがした。アニメで笹の葉ラプソディやったときに感じたけいおん!臭がした。キャラの顔面アップ(証明写真の構図)があってキャラの感情が強調されるときの演出、キャラの顔が上下して髪がふわってなるけいおん!のゆいみたいな描写がいくつかあって気になった。あれいらんでしょうよ。
けいおん!はキャラ萌えのアニメでストーリーとか内容とか心理描写とかどうでもよくて、ただキャラが可愛くて特徴的で性格と表情が強調されてる京アニの実験作だと思っていた。原作がどんなでもキャラさえ立っていればアニメとして成立して売れるんだという実験作なんだと思っていた。
そう思っていたから、けいおん!で多用された描写は他の作品では使わないんじゃないかと思っていたが、笹の葉で使われてたからもしや、と思ったがやはり消失でも何度か使われていた。いらんと思うのですよ。キョンの髪はふわってなるほど長くないので違和感があった。
あとキョンの暴力性みたいなのが気になった。あれ原作にあったか?と原作厨みたいなことは言いたくないけど、前後の流れからして唐突な演出だったように思う。
まず1回目の暴力。最終日のお昼、ようやくハルヒの名前を知っている谷口に会えたシーン。たしか原作では、東中出身の人がいるはずだったのに気がつけなかった自分に腹が立ってるところだったと思ったけど、今作の演出では原作を読んでいないとそれに気づけない。原作を読んでいない人には、なぜ谷口にキレているのかさっぱり理解できないだろう。谷口にキレたキョンは、早退と言って甲陽園に向かう。ハルヒを発見したが、足がすくんで動けなくなる、という描写につながる。このときのキョンの心理状況とつながっているはずだから、谷口に対して唐突にキレるのはやっぱりおかしい。谷口がハルヒを知っている可能性に気が付かなかった自分に腹が立ったとしても、教室がざわつくほどに、国木田に仲裁されるほどにキレるのにはどうしても違和感があった。
さらに、長門に修正プログラムを打ち込む前のキョンの心理描写の暴力性だ。
元の世界に戻りたいというキョンの内なる想いは、数々の場面で象徴的に描かれてたはずである。なんてこった俺はハルヒに会いたかった、ready?→エンターのところでも十分溜めたし、長門に修正プログラムを打ち込むところでは既に答えは分かっていたはずで、そのことを思い返すにしては随分と暴力的なシーンだったように思われる。キョンがもう一人の自分に対して語りかけるような描写で、かなり暴力的に問い詰めている。おい、お前は元の世界に返りたかったんじゃないのかと。キョンがもう一人のキョンの頭を足で思いっきり踏みつける形でもう一人のキョンは頭を机に突っ伏される感じになるところだ。キョン自身も、映画を見る観客(恐らく初見の人でさえ)も、キョンの意思は既に明確であったように思われていたあの段階で、あそこまで暴力的に内面を描く必要があったんだろうか。違和感。
この暴力性に関する違和感のようなものは、エンドレスエイトの最終回にも見られた。ハルヒを差し置いて宿題をやることに決めたキョンに対して見せたハルヒの暴力性だ。そこまで怒るところじゃないんじゃないかというか、唐突さが見てて違和感を覚えさせる演出だったのを思い出した。
原作を読んでいるからこその違和感だったのかもしれない。原作を読んでいない人はどう感じたんだろう。思うに困惑したんじゃないだろうか。唐突な感情の変化・描写に困惑したんじゃなかろうか。キョンってそういうやつだったっけと。
でも長門がかわいかったので許した。かわいいと言ってもけいおん!みたいなキャラ萌えに走らず、無口で内気な文芸部の少女をかわいく表現していた。ぐっじょぶ!照れる長門かわいい。顔がいちいちピンクになる長門かわいいかわいいよ長門。
長門が入部届けを受け取るところで受け取り損ねるところの描写は大げさすぎやしなかったか。もうちょい小さい動き方でいいんじゃなかったか。大味な感じがしたのは私だけかしら。
雪が降るのは想定外だったけどキョンがゆきと言うのはもっと想定外だった。しかもイントネーションは有希だったね完全に有希だったよねあれ。アカペラの後の口元隠す長門萌えだけど完全に原作レイプ。そうだこの作品は原作レイプなんだよ。筒井康隆もラノベ書きてえとか思わせる名作の原作なのに中途半端だったな。結局原作読んだ人も読んでない人も楽しめなかったんじゃないのか。けいおん!の次の作品だったからアレだったのかもしれない。時をかける少女の監督がリメイクしてくれないかな。