日曜日は基本的にどこかへ出かけたい・・・と思うのだが近所の人が亡くなったということでお通夜が日曜の夜に・・・
家にいるのは・・・
自分だけ。
ということで何年ぶりかに出ることに。いつもなら弟が行くのだが(長男なんだから行けよ・・・とも思いながら)今日はツーリングだとかで早朝からいなかった。
ああをとうとよバイクでツーリングに逝くことなかれ・・・気分は与謝野晶子。
数年前に買った喪服が漸く出番ということで(もちろん出番は少ない方がいいのだが)試着以来着てみた。
いつもより地味な感じがしたが喪服なので仕方あるまい。このスーツ、アジャスター付いてンジャン。
少なくとも御霊前と御佛前を間違えないように購入し、コンビニの店員(多分女子高生)に若干うっとりして(もはやオヤジの領域だがこういう系統が自分の好みなんだなとか訳のわからん自己分析が完了)葬儀場に。まったく不謹慎な参列者である。
ジャスト6時に着いたのに既に読経が始まっており、香典を差し出すと係員の誘導によって・・・
最前列とは!!!
なぜ後ろでないのか?と思ったがまあいいやということで最前列に着席。すると後ろの方で一瞬「ザワッ」とした。
あの人どこの人?(こんな夕暮れ:浅田美代子か?)
という感じであった。平日に葬儀が多かったのでいつもは弟が行っていたから確かに今日は近所には「フェイント」を掛けたなと思った。単勝100倍ぐらいのオッズがついただろう。万馬券。そして遺影を見て「あ!この人か!!!」と思った。たまに近くで見かけたような(近所なんだから当然だが)。など記憶している範囲で回想。
焼香の際、近所で誰が来ているかなどをさりげなくチェックするなどまあ相変わらず観察してますなぁ~といった感じで通夜も終盤に。僧侶による話も最後にあり、「みなさん頭(こうべ)を垂れて聞いてください」と言っていたが、こうべを「アタマ」だと知らないとさぞ恥ずかしいだろうなと思った。さすがに最前列であったためそこまでは探せなかったが・・・。最近、大学生の国語能力が低下しているというニュースがあったが確かに古文の知識をある程度知らないと「こうべ」を「アタマ」のことだなんて思いもよらないだろうなと思った。
赤とんぼ(♪ゆうやけこやけの・・・:羽をとったらアブラムシの歌ではない。「痛い~何するの」のセリフで有名?)の歌詞に「おわれてみたのはいつの日か」という部分があるが、この「おわれて」が「背負われて」という意味であることを知らない大学生が多いとは聞いてオドロキだった。なぜなら中学生のとき、音楽の授業でこの「赤とんぼ」を学習した際「背負われて」という意味だと教わったからである。大学進学ともなると主要5科ばかりに目がいき、実技4科など目もくれないという中学生も多そうな感じがするので納得できるがそれにしてもヒドイ。じゃあ一体何に「おわれて」いるのか?万田銀次郎かそれともストーカーか、あるいは・・・?しかもそれでいて「ふるさと」では♪う~さ~ぎ~ お~いし・・・という箇所の「おいし」を「おいしい」とか訳すんだから天邪鬼っぷりもはなはだしい。
テレビ東京を見ていたら佐藤竹善が出ていた。竹善が懐かしの曲を挙げていたが、その中でN.S.Pの「夕暮れ時はさびしそう」を挙げていた。曲紹介のテロップを見て驚いたのは今年7月にそのN.S.Pのリーダーである天野滋氏が亡くなったということであった。2ヶ月も前のことを全く知らずにいたのは自分でも恐ろしかった。知らぬが仏とは言うがこれは個人的には大問題だった。いずれ「あやしだの聴く音楽」にN.S.Pが登場するはずだからである。リコーダー(?)伴奏が哀しく聴こえるこの歌。ゐなかの堤防の夕暮れ時ってこんな感じなんだな~とまた哀愁モードに突入しそうなので面影橋に逃げてもやはりこの歌も哀しい。
通夜に行っただけだがこんなに話が続いたのもオドロキである。しつこいが
これはやはり「おおどおり」ではなく「おおつや」としか読めない。