後輩と上野動物園に行って、
あちこち歩き回って、
運動不足だった私は、翌日
筋肉痛になった。


体のあちこちが痛くて、
日頃どれだけ筋肉を使っていないかを思い知らされた。





お昼過ぎ、後輩からメールが届いた。

後輩「昨日は楽しかったねまた行こう
私「連れてってくれてありがとう楽しかったね
でも私、今日は体が筋肉痛で、あちこち痛いよ~
後輩「大丈夫?無理しないでね
私「は~いお仕事頑張ってね





夜、買い物をして家に帰ると、私の携帯が鳴った。

後輩「アヤノ、家にいる
私「うん、いるよどうしたの
後輩「わかった





しばらくすると、家のチャイムが鳴った。


ピ~ンポ~ン


私「はい」
後輩「来たよ」
私「えっ遠いのにどうしたの
後輩「いいからいいから」


ガチャ


ドアを開けるとそこには、
スーツ姿の後輩が。
両手にはフルーツ盛りに、
アイスクリーム、プリンの山
らしきものが



私「このたくさんの果物どうしたの
後輩「アヤノにあげようと思って
私「えっいいの
後輩「うん、だってこれ、お見舞いだから


ん???お・み・ま・い。。。???


私「え~っと。。。お見舞いって意味分かってる
後輩「分かってるよ。だって、アヤノ痛いって言ったじゃん。」


ま、まぁ痛いとは言ったけれども、


私「痛いのは、筋肉痛のせいだよ
後輩「うん、筋肉痛だって聞いたから、お見舞い


えっ


後輩「体痛いから、これ食べて、ゆっくり休んでね
私「ありがとうホントにありがとう
後輩「早く元気になれよ」
私「うん


ってまぁ、筋肉痛なだけなんだけどね














なんか、なんだろう





心がとても、穏やかで、
傷が、かさぶたになっていく感じ。




まだ1ヶ月なのに、
毎日薬をつけてるわけでもないのに、
傷が癒えていく。




特効薬。
魔法の薬。




人が人を癒していく。




あったかいな。
















その日、私は、
リビングに飾っていた、元カレとの写真たてを、
そっと伏せました。
元カレが韓国へ帰ってから、1週間。
私の携帯が鳴る。
後輩だ。





「アヤノ、大丈夫?」
「うん、なんとかね」
「よし、じゃあ週末だし、東京ドームに野球見に行こう
「うん



それからまた1週間。
私の携帯が鳴る。





「アヤノ、元気にしてる?」
「うん、おかげさまで
「よし、じゃあ週末だし、井の頭公園に行こう
「うん


またまた1週間後。
私の携帯が鳴る。





「アヤノ、お腹すいてない?」
「ペコペコ~」
「おいしいラーメン屋さん見つけたから食べに行こう
「うん





「アヤノ、上野動物園に
「行く





こんな風にして、私は、辛いはずの一人の4月を
後輩と一緒に乗り越えていったのだった。
カレ→元カレになったこと、
カレ→韓国に帰ってしまったこと、
誰にも言ってなかったから、後輩ですら知らない状況。


羽田空港から空港リムジンバスに乗り、家を目指す私。
ボロボロと涙が止まらなくて、バスの一番後ろの席で
必死に声をこらえて泣いた。
抜け殻のようになってしまった私は、ただただ下を向き、
何も考えられないままバスに揺られた。


しばらくすると、
ヴ~ヴ~と携帯のバイブが鳴った。



【後輩】



出てみると、後輩は慌てた様子で、

「先輩に電話したらツカワレテオリマセンってなってて、
会社の人に電話したら、辞めたよっていってて、
韓国に帰るって聞いたから。。。」

「大丈夫なの?アヤノ。。。」

無言の私に後輩は、

「分かった。俺が行くから、家で待ってて。
着いたら連絡するから。」




電話を切った後、また涙が出てきた。




家に着いてすぐ、後輩から電話があった。
「あと10分で着くから待ってて。」

涙でぐしゃぐしゃになった顔を、少し直して、
後輩の到着を待った。



「アヤノ!」



到着するなり後輩は、私の頭をポンポンと叩いた。


「辛いと思うから何も話さなくていいよ。お腹空いてるよね、
おいしいお好み焼きやさん、発見したから行こう!」



私の手をとり、歩き出した後輩。







お好み焼きを焼きながら、元カレと重なる後輩。
以前元カレと食べにきたことのあるお好み焼きやさんだったから。
目の前にいるのは、もう元カレではない。
1ヶ月前に来たときは、確かにそこには元カレが座っていたはずなのに・・・



今目の前にいるのは後輩で、
私のために、お好み焼きを焼いてくれている。
私のために。。。



その姿に、自分のことしか考えられなかったけれど、
やっと少しだけ後輩に気持ちを伝えることが出来た。


「今日は来てくれてありがとう。今は辛くて何も考えられないし、
涙しか出てこないけど、ちゃんと整理するから、心配しないで。」


涙を拭いて、少しだけ笑顔になれた。


「無理しなくていいよ。時間が経てばきっともっと楽になるから。
元気になるまで俺が、週末とか遊びに来るからさ。」



優しい後輩のおかげで、一番辛いはずの夜も
心が少しあったまりました。




「ありがとう。」
人生初の本気平手をくらわした夜。
それ以降、私のキラキラとするはずの東京生活は
一瞬にして、イライラすることしかできない毎日へと姿を変えた。




ヒドイ。。。




あんな告白を受けてからの毎日は本当に辛かった。
目の前にいる人は私の好きなカレなのに、
カレには別に彼女がいて、もうすぐその人のところへ帰ってしまう。

朝のお弁当作りも、洗濯も掃除も、
まったく何も感じない。
楽しくない。幸せじゃない。

愛知から飛び出してまだ1ヵ月半。
こんなんで帰るなんて、しゃくで仕方がない。


どうする私。。。









答えの出ない日々が続いた。
モンモンと毎日をただただ過ごしていく。


「私とカレはもう終ったんだ」


何度も口にしてみた言葉。
もう何が本当か信じられない。





こんな私の姿を、週末ごとに目にしていた後輩。
心配して気遣ってくれる優しい後輩。

こうなった現実が悔しくて、
カレにしがみつく私。

そんな私を横目に、
きまずそうに彼女に電話をかけるカレ。




最後まで納得がいかなかった。





時は過ぎ、3/31。
カレが韓国へと帰る日。
行ってしまうカレが残してくれたのは、
前日に買った2匹のハムスター

私はこの子達に、
ポム(韓国語で春)とサクラと名づけた。






3/31 羽田空港にて、
カレは元カレになった。



前回からかなり時間が空いてしまいましたが、
気を取り直して。。。


韓国から帰国して、すぐに年がかわって、2007年がやってきた。
3年間勤めたラーメン屋さんを辞め、東京へと繰り出した私。
「東京ならキラキラしたものが見つかるかもしれない」
という淡い期待(建前)を抱いて。若かった22歳の私。
韓国から東京へ仕事をしに来るカレと一緒にいたくて(本音)、
東京で私とカレの同棲生活が始まった。

カレが会社にお弁当を持っていくからと、
毎朝早起きしてせっせと弁当を作る。
カレが会社に行ってる間に、掃除・洗濯・買い物。
そんな毎日がなんだかとても幸せだった。



カレが日本に来て1ヵ月後、例の後輩も日本に仕事をしにやってきた。
私達が住んでいる城市(東京)から
電車で1時間ほど離れた川崎市(神奈川)の寮に後輩は入った。

週末になると私達はよく3人で新大久保へ通った。
今ほど韓国語が出来なかった私と、
今ほど日本語が出来なかった彼らとの、
たどたどしい会話も、今思い返せばいい思い出だ。





そんな生活が1ヶ月半続いた頃、私は違和感を覚えた。





どこへ行くときも、何をするときも、
気づけば私はひとり。
週末、私の隣にいるのは、カレじゃなくて後輩。
そういえばココ最近、「疲れたから先寝るわ」が口癖で、
まともに会話もしてない。



なんで
なんで
なんで

なんで



何か嫌な予感がしたから、勇気を出して、
カレに「カマ」をかけてみた。



私「ねぇ、何で言ってくれなかったの?彼女のこと。」←適当に
カレ「え何で分かったの





続けてカレはこう言った。









「ゴメン、俺、韓国に彼女イル。」











撃沈。



カマをかけたつもりが、まんまとそれがヒットしちゃって、
真実を知る羽目に。。。



「俺、3月末に仕事辞めて、韓国に帰ろうと思う」



止まらないカレ。
こんなこと一気に言われてもと混乱する私。

まだ東京に来て1ヵ月半。
大きいお金使って家借りて、ラーメン屋だって辞めて、
泣く泣く友達を愛知に残し、やってきた私。
それなのにそれなのに
(そりゃ自業自得の部分もあるけどさ~)
そんな私に嘘をついて、彼女がいるのに私と過ごして、
何を考えてるんだこの男は。。。


悲しさよりも、涙よりも先に、
怒りがこみ上げてきた私。



これを読んでいる方達もご存知のように、
とっても温厚な私
(自分で言っちゃった)




その夜、生まれて初めて、
本気の平手をくらわしました。