一昨日で、震災1ヶ月。

静かに黙祷しました。



先週木曜日の深夜に起きた、震度6強の余震はすごかった。


かなり揺れたし、自宅は朝まで停電、わが社の工場などは3.11より被害が大きかったのです。

社員の皆の自宅でも、前回より激しく壊れたし倒れた、という人も多かった。


会社では、金曜日はまた朝から散らかったフロアの片付けをしました。


また、花瓶などのガラスが割れ、大型のキャビネットが倒れ、

書棚からは書類が大量に崩れ、時計も落ちて壊れる。


これから対策をしよう、と言っていた矢先だったので、ガックリ。



でも、私たち自身も、地震なれしてしまったところもあるし、

オフィスは停電しなかったこともあり復旧への動きも早かった。


この1ヶ月、

実体験として味わった恐怖、

失う悲しさや悔しさ、

またくるかもしれないという不安、

これからどうしたらいいのだと途方にくれた瞬間の気持ち。


感じた思いはきっとずっと忘れない。


だからこそ、当事者として、主体性を持って復興に向けて進みます。




保育所で、深夜のあの余震のことを聞かれた息子は

「ままがまもってくれたー」と先生に言ったんだとか。


本当のところは、私もこわくて、

だいじょうぶだいじょうぶといいながら、

ぎゅーっと抱っこしてただけなのですが。


それでも、夫がいて、こどもがいたから、よかった。



自転車に乗っているとき、

一人で運転しているとき、

自宅に一人でいるときなど、

いま地震が来たら、と常に考えてしまいます。






仙台市の保育所は、大変ありがたいことに

地震の翌週3月14日(月)からも受け入れを継続していました。




灯油もない、ガスもない、先生方の通勤の足もない、

ないない尽くしの非常に限られた環境でも、

先生方も子どもも皆元気でした。




ガスもないので給食もつくるのが大変というのを電話で聞いたことと、

駐屯基地が近くて、自衛隊に勤務するご両親が多いことや

看護師さんの親御さんもいるので、

そちらのご家庭の保育を優先して欲しいと思い、

妹と母に頼んで震災後1週目は、預けるのを控えました。




3月22日(火)の週からは保育をお願いしましたが、

部屋が寒いので普段は到着とともに脱ぐ上着も靴下も、

履いたままで過ごしていました。




災害緊急時の区の拠点保育所に指定されているらしく、

様々な物資が運び込まれて、ホールのステージは使えないことから、

入所式は短縮バージョン、

「大きくなったお祝い会」という進級を祝う会も中止になりましたが、

記念の写真とメッセージカードをいただきました。




3月末で退職されたお世話になった先生方とは、

最後の1ヶ月を存分に過ごすことはできなかったけれど、

最終日は涙が出て止まりませんでした。




保育所ではこどもたちの気持ちを1番に考えてくれて

「震災後の子どもとの接し方」という文書をいただいたり、

先生方の定期異動発令が5月1日に延期になったりと様々な配慮がされています。





地震当日3歳になった息子は、

新年度を迎えて、「おっきいクラス」になりました。

(3歳以上児クラス、という意味です)




お別れしたお友達もいたし、出会った新しいお友達もいる春。


はりきって新しい上靴を履いたり、

主食を入れたお弁当箱を持っていっています。

季節が変わると洋服も、あっという間に小さくなっていてビックリ。




何があっても、どんどんどんどん大きくなるこども。

この非常時にもその成長をしっかり支えてくれた保育所と先生方には

心からありがとうの気持ちです。




困難な状況が続く沿岸部被災地を間近に感じながら、

自分の仕事上も様々なハードルがありますが、

ぐぐっと進んでいかなきゃ、と思います。




それにしても、この一ヶ月の被災地の必死な日々を、
なんと思っているのか
先日の震度6強の余震…。

自然相手では祈るしかないけど、
もうこれ以上は勘弁してください。

仙台市内に関して言えば、沿岸部以外はだいぶ復旧が進みました。

都市ガスと、ガソリンだけは、まだまだまだ!!!!ですが。



これからは、いかに復興していけるか、に全力を傾けたい。


不謹慎かどうかはそれぞれ受け止め方だと思いますが、

あらゆるものを中止にしたり自粛するのは必要ないと思います。




全国の皆さんにお願いしたい、息の長い支援の形は、


今後数年間意識的に


被災地のものを買っていただくこと、

被災地に遊びに来ていただくこと、


などをして、仙台・宮城・東北の経済の復興に貢献していただくことだと思います。



もうすでに、商売を廃業するというお話を取引先だけでもいくつか聞いています。

廃業にまでならなくとも、従業員の雇用が継続できないとか、

とてつもない影響が出ています。


でも、仙台七夕まつりは予定通り実施するとのこと。

当社の事業もふんばって、できるだけ自粛しないつもりです。


私も、意識的に地元のものを買って、地元にお金を落とす暮らしをしようと思います。



会社でも、地元の経済活動を活性化できる施策を

お客様と一緒に考えていきます!







あの地震の日は、息子の三歳の誕生日でした。
金曜日だったこともあり、夜はお祝いをしようと思ってました。

うでに誕生日の印のリボンをつけてもらった彼に、寒い雪のなか、泣きそうになりながら保育所で再会しようとは思いませんでした。


明日で、10日。

会社では、社員全員の無事は当日確認できました。

いまだに、会社の方のご子息、ご両親の安否が確認できていません。

仙台市内でもライフラインがストップし、
ガソリン、食糧、が入ってこないという状態が続きました。

津波被害を受けた、若林区の荒浜はすぐそこです。
このブログで、夏にふらりと海に行ったことを書きましたが、そこです。
ふらりと行くような近さです。

石巻だって、南三陸町だって、
この間行ったばかり。

親戚の実家は東松島で家が流されてないとのこと。

大船渡はあの人の実家があるし、
宮古はあの人の実家がある。
女川はあの先生が赴任したけど。
相馬のあの人は大丈夫だろうか。

考えれば考えるほど聞くのがこわくなるほど身近な人たちの安否。


社員1人ひとりに、安否確認をしながら、
沿岸部に実家のある人のところに祈るような気持ちでいく。

「家は流されたけど、ようやく無事だと確認ができました。」

よかった。無事だった。涙もでる。

あまりに悲惨すぎる状況に、
命があるだけでも、よかった、と思わざるをえない現状。

大変なのはまだまだ続きます。
生活を立て直すのに皆必死だった一週間。

ガスの復旧の見通しが立たないので
電気温水器の我が家には
親戚がお風呂に入りに来ています。

会社も生産設備にかなり被害がありました。

息子は、自分が3歳になったことをちゃんとわかっています。
誕生日はできていないけど、粘土に手形をとりました。

いつか、この手形をちっちゃかったなあと思えるようになったとき、
この震災のことをどう振り返ることができるのか。
これからの復興にかかってます。





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間もなく3歳になる、今シーズンは
雪山にずいぶん行けるようになりました雪の結晶


もう先月のことになってしまいましたがあせる
秋田県「たざわ湖スキー場」。

仙台から3時間以上はかかりますが、
行く価値ありの、素晴らしい眺望と雪質です雪

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晴れ男なのか、今回もすごいいい天気晴れ

田沢湖にむかってすべりおりるようなゲレンデです。


ちょうど雪まつり開催中で、
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アンパンマンとか。

ちなみに、ゆるく「あんぱーんち!」をしてます。


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ムーミンも。

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生ビールもかかせませんし。

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さすが、我が息子。
酒樽も目ざとく発見。

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サメの口のなかにも座ってみました爆弾



帰り道、クルマの中で
「スキー場にいくー!パパもどってー」と大騒ぎ。


ソリをしたり雪遊びしたりの今シーズン。
温泉も含めスキーは楽しいものだ、とわかってくれたことが、来年につながる大きな一歩。

本人は、スキー板をはいてみたくて、リフトに乗りたくてたまらないので、
来年やろうね、と何度も言い聞かせ。

「らいねん、しゅきーするんだー」と張り切っています。

よーし!!その意気メラメラ




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大変ありがたいことに、

当社は



平成22年度

宮城県「いきいき男女にこにこ子育て応援企業」知事表彰



子育て支援部門 優秀賞



をいただき先週表彰式がありました。

http://www.pref.miyagi.jp/kyosha/ikiiki/H22kigyo-hyosyo-kekka.htm




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短期的には成果の見えにくいテーマゆえ、


客観的に評価いただき認めてもらえたのは今後の励みになる一方で


受賞に恥じない取り組みをこれからもコツコツ積み上げていこうと思います。





この受賞につながったの1番の原動力は


現場の第一線で、事業の中核を担う人財として、


子育てしながらも素晴らしい仕事をしているワーキングマザーの社員の方々が


いいチームワークでいい仕事をしていることです。




拍手とエールの気持ちをこめて、これからも頑張りましょう!!


会社のプライベートスキーツアーに
息子も参加。

近場のみやぎ蔵王えぼしスキー場で、
ソリと雪あそびを満喫しました。
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小学生のおねえちゃんと。
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圧雪したばかりの朝イチのゲレンデに1番のり。
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天気が最高によくて、日差しがまぶしいので、私のゴーグルを一番ちいさくしてかぶせたらお気に入り。
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結局、私が滑ってる間にみかねた夫が子供用ゴーグルを買ってくれたので、
来年は本格的にゲレンデデビュー間違いなし!

20代から60代まで幅広い世代が参加したので、20代のメンバーのことは自分の友達と認識してた息子。

現役パパたちにはたくさん遊んでもらい、息子的にかなり楽しかったみたいです。

宿はこちら。リフト付きプラン。

「バーデン家壮鳳」
http://www.barden.co.jp/

格安なのに、お風呂も食事も大満足でオススメです。




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先週のことになりますが、保育所で懇談会がありました。

今年度のまとめと、進級に向けたお話が中心。

いま2歳児クラス、
こどもが23名、担任の先生が4名、
という大所帯。

ベテランの先生いわく、「23名は長い保育士生活でも初めての人数」とのこと。

多くのお友達と一緒に過ごした1年間は、
5名の小さなクラスだった1歳の昨年とはまた違うよさがあって、

親子ともに様々な体験ができた1年でした。


4月には、大きな部屋で
3歳間近のアタマ一つ大きなお友達の中にいる息子を見て

ちびっこいなー

スローペースだなー

と感じたものですが、ずいぶん成長しました。

歩くのも、食べるのも、しゃべるのも、ペースは相変わらずスローですがにひひ

器が大きくてユニークな先生たちから、私が学ぶことがとても多い1年でもありました。

いろんなことができるようになる2歳の1年間ですが、

「こうしたほうがよい、こうすべきです」
というような導き方が全くなくて、

私も息子と大きな気持ちで向き合えた。

いつのまにやら、おにいちゃんパンツ。
いつのまにやら、一人で着替え。
いつのまにやら、がらがらうがい。


言うべきことは言いながら、いつもおっきな心で「オールオッケー!!」みたいな。

保育所での様子、うちでの様子を先生とべらべらしゃべりながら大笑いで、話すのが楽しみ。

息子も、日中あれやこれやとしゃべっているようで、

先生たちは我が家の事情、いろいろご存知です。


息子同様私も、積み重ねていく日々が、
ほんの少しだけ自信になることを実感する、
もうすぐ母親3年目。
感謝感謝。


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2歳10ヶ月になった息子。

「大きくなったら」と夢が多い。



「おおきくなったらビールと赤ワイン飲むんだ」

「おおきくなったら会社に行ってお仕事、お話して、お出かけして、パソコンして、会議する」


もちろん、定番は。

「おおきくなったらマーくんになる!」


細かいことでは
わさびやコショウ、マスタードを食べることなども。

大きくなったらかなうのだと。

あらゆる場面で夢膨らむ様子。



面白いのは、自分が大きくなる日には、
パパとママは小さくなる、と思っていること。

「ママは小さくなったらおみずとぎゅうにゅうね」
(自分はビールと赤ワインを飲むつもり)

「パパは小さくなったら保育所に行くんだよ」
(自分は会社に行くつもり)


そして先日は。

「ママがちいさくなったら、抱っこしてあげる!」

と言われました。

そんなこと言ってくれちゃうようになるんですね。


たぶん、世の中のパパさんたちが娘に
「パパと結婚したい!」と言われたときに感じるであろう
ありえないけど最高に幸せな感覚、
と同じような。


うれしくて幸せなんだけどちょっと切ないような。



子育てで感じる切なさは、たいてい

「いつかこういう日々を懐かしく振り返るんだろうな」と思う時。


これは妊娠前には想像もつかなかった微妙なハハゴコロ。


子どもの、可能性にあふれた未来。
それにどう関わることになるのか、親としての自分。

今年、保育所では未満児を卒業し「大きいクラス」になる。
小学生になり、中学生になり、高校生になり、成人して、社会人になる。

その時々で、私はどんな仕事の仕方をしてどう生きていて、息子の毎日をどんなふうに見ることができているだろうか。


夢中になって遊ぶ背中を見ながら
まっすぐな気持ちで発する言葉を聞きながら
ペターっと抱っこしている時の温もりを感じながら
そんなことを考えしまうのは、単なる親バカとも言えますがねにひひ



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連休明けの今日は、朝から会議が3本、面談もしました。

採用関係が盛り上がってくる時期でもあります。



先週はわが社51回目の創立記念日でした。


現在50周年記念誌を制作していますが、
編纂する側やクリエイターの思いやこだわりが盛りだくさんの、
すばらしい出来になりそうです(自画自賛お許しを)。


クオリティー最優先につき、進捗は少々遅れ気味。


創業当時の気概と、力強く歩み続けてきたエネルギーに思いを馳せて読んでいると、
受け継ぐべきDNAのようのものを自然と感じます。


個人としても、会社としても軸を大切にしながら、
新しい時代に、市場の変化に、
しなやかに対応していきたい。


「どう変わっていくかを必死に考えて実行すること」が、

今日の会議の締めにも出ていた話しです。