7日目、倉敷に着きましたぁ!
今日は昨日の記事の続き、
奥道後 壱湯の守(いちゆのもり)(旧 ホテル奥道後)
の施設散策編です
連絡通路を通って本館から別館へ渡りました
真っすぐに庭園が広がっています。
空中庭園みたいですね~

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「坪中川」
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「坪中川」は、東京の赤坂にございました料亭「中川」を昭和58年に解体、移築したものです。初代「中川」は、昭和2年に建てられましたが、戦時中の強制疎開で取り壊され、今の「中川」は、昭和26年8月に再建されたもので、昭和57年まで、戦前戦後、軍部・財閥・政界の要人に使われていた建物です。
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(公式サイトから)

緑がイッパイですね~

吟松亭(茶室)
吟松亭は、地元祝谷の茶室「拾翠庵」を奥道後に移したもので、慶安の頃、久松定行侯によって造られたつつじの床柱、天井の松の生節など、贅をつくしたもので、躙は貴人口になっています。
後年嘉永年間に玄々斉により若干手が加えられたようで、壁隅三尺の高さにはめこまれた釘箱棚などはその時加えられたものといわれています。茶室に続く書院にはつぼつぼの通し欄間などが見られ玄々斉らしい好みが現われています。
後年嘉永年間に玄々斉により若干手が加えられたようで、壁隅三尺の高さにはめこまれた釘箱棚などはその時加えられたものといわれています。茶室に続く書院にはつぼつぼの通し欄間などが見られ玄々斉らしい好みが現われています。

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「竹寿庵」
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「竹寿庵」は、昭和54年、作家・柴田錬三郎先生と親交のあった坪内翁が、先生の書斎にと造られたものです。
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お茶でも頂ければ良かったんですけど、そのようなタイミングでは無かったみたいです。

藁ぶき屋根、風情ありますね~
菊花展が開催中でした

有料のようでしたので、そこまでして観ようとは思わなかったから、
外で遠目から。。。

初夏に来たら綺麗かもしれません、長い藤棚のトンネルです
でも気を付けて、逸れた道へ行くと蜘蛛の巣だらけの朽ちた階段や
薄暗い倉庫など…もうチョッと人が通ることを予測して
整備してほしいです!

小さな渓谷美が観られる所まで来ました。赤い橋からが一番見所です

あの橋の向こうはチョッと雰囲気がよろしくないので、長く山の奥まで続いてそうでしたけど、先へは進むの止めました。

温泉あるとこ、川も多いですよね~
何故だろう~・・・(´・ω・)

おぉ~~!小さな滝も流れてるぅ~
美しい眺めでした。

昔はリゾートだった奥道後。その名残で、今も大衆演劇が公演されてるみたいです
妖艶なポスターがイッパイ貼ってありますね~(^▽^;)

いろんな劇団が在るんだぁ~?(゚Д゚;)
歌舞伎とはまた違うんでしょうかね~
ホテルを出て、とある場所でノラにゃんこ発見!

結構丸々としてるぢゃ~ん
ご飯が豊富なのかな?
この後、偶然、第51番礼所石手寺の前を通りました。
チョッと寄り道してみたので、その模様を次回お伝えしますね~
訪問遅れてます。ゴメンなさ~い
*リコメはお休みさせて頂いてます。
後ほどの訪問に代えさせて頂きますね~
*blogramに登録しています。
良かったら見てみて下さいね(^^;
ご覧頂いてアリガトウございましたぁ