
西日本ラウンドから帰って1週間経ちました。アッと言う間にもうすぐ6月ですね
昨日の地震にはビックリしました!初めてスマホの警報が鳴り響きましたよ!(笑)



近隣の方、お怪我は無かったでしょうか??(^ω^)
さて、先述のホテルをチェックアウト後は、せっかくの初山崎

天王山の頂上・山崎城跡を目指したいものですね
先ず、
目の前で駅前でもある寺院妙喜庵(みょうきあん)重要文化財で

国宝の『茶室・待庵』の外観から・・・

妙喜庵(みょうきあん)は京都府乙訓郡大山崎町にある仏教寺院のことで、山号は豊興山。妙喜禅庵とも称します。「妙喜庵」の寺号は、宋の大慧禅師の庵号からつけられたもので、連歌の祖である山崎宗鑑が住んでいたとの説があります。
この庵には、なんと言っても国宝の茶室「待庵(たいあん)」があることにつきます。待庵は、日本最古の茶室建造物であると同時に、千利休が作ったと信じうる唯一の現存している茶室です。
この庵には、なんと言っても国宝の茶室「待庵(たいあん)」があることにつきます。待庵は、日本最古の茶室建造物であると同時に、千利休が作ったと信じうる唯一の現存している茶室です。
中の見学には、凡そ1ヶ月前に往復ハガキでの予約が必要だそうです。
それだけ慎重に扱ってるんですね~~

ここからてくてく歩いて天王山の入口まで2分ほど・・・

ここから急斜面の坂や階段がひたすら続きます






この辺から幼稚園の可愛い遠足の行列と抜きつ抜かれつになりました
こちらも重要文化財
宝積寺は寺伝では724年、聖武天皇の勅命を受けたに行基が建てたと伝えられる真言宗の寺院お寺で、行基が山崎橋という対岸八幡への往来の橋を建てた際に、橋寺として創建した「山崎院」の後身と考える説があります。

大黒天が祀られてる事から、大山崎の油商人の心の拠り所だったんでしょうね~

この辺から緑がどんどん生い茂る山中へ・・・登山の様なキツさです


こんな荒い道を、山崎の合戦の際は登って行ったんでしょうか・・・


って言うか、、遠足のチビッ子ちゃんたちも、文句一つも言わず、頑張って登って行きました。
その様子撮っときゃ良かった!!


道の脇にトロッコのレールらしきものが有りましたよ~
コレは今でも使ってるのかなぁ~
物資を頂上まで届けるのはさぞ大変でしょう~・・・

時間も無く、途中でめげて引き返したくなりましたが、ここまで来て、自分へのご褒美が何もないのが悔しいので、とりあえず、およそ中腹の青木葉谷広場
ここで大阪平野の景色を見て、引き返すことにしました


この広場に、羽柴秀吉の中国折り返しの絵碑が有りました
秀吉と官兵衛もここを通ったんでしょうかね~

帰り道は別のルートで『竹林の小径』を通って下りて行きます

ホント細くて、人一人通るのがやっとの荒い山道です。
開けても、すぐ傍が崖のようになってるので怖いですね~

途中、山崎の町と長岡京の町が見えてきました

天下分け目の天王山!!
有名な名言ですね~(^O^)
悔しくも時間切れ! 頂上の山崎城跡まで行けなくてとても残念でした



またリベンジ出来たらイイなぁ~

頂上までの所要時間は往復で2時間は診たほうが良いみたいです
それにしても、あの遠足のチビッ子ちゃん達・・・
中には丸太の階段を手を着きながら上がって頑張ってた子も居ましたが、
最後の頂上までみんな行ったんだろうか・・・気になりました(; ^ω^)

アサヒビール大山崎山荘美術館前まで戻ってきたら、駅までのシャトルバス
が有るのに気づきました

美術館鑑賞は、また時間の許す時にでも・・・(^^ゞ
(観光案内所サイトから写真お借りしました)
これで今回の中途半端な天王山ハイキングが終わりました
山崎観光には、観光案内所のサイトを見ると役だちますよ~

この後は大山崎歴史資料館と、サントリー山崎蒸溜所を訪ねました

訪問遅れてます。ゴメンなさ~い
*リコメはお休みさせて頂いてます。
後ほどの訪問に代えさせて頂きますね~
*blogramに登録しています。
良かったら見てみて下さいね(^^;
ご覧頂いてアリガトウございましたぁ
