震災直後は必要なものが皆んな同じだった。

でも、時が経てば、その時々の状況や
その人・その街によって必要なものは当然違ってくる。

紋切り型の支援ではなく、
被災地の声に応える援助をお願いできると有り難い。




昨年の秋、震災後5度目に訪れた大船渡市ではそんな声を聞いた。

同じ日本に居ながら、被災地の姿を見れていないことを感じた。



$かきや野村綾乃の備忘録
▲岩手県大船渡市綾里(りょうり)の海/昨年5月撮影
こんなにも美しい三陸の海が、全てを呑み込んでしまったとは・・・

$かきや野村綾乃の備忘録
▲建物はもちろん、様々なものが崩壊したままになっていた。
一刻も早く整備してあげたい!と願う箇所があまりにも多い現状に
「もっと復興が進むといいですね・・・」と現地の方に言うと、
「これでも十分だと思いますよ。それだけ酷い災害でしたから…」と。
自分の発言が軽すぎた気がして…恥じた/昨年5月撮影




被災地に来てくれた人が、

「被災者の方が前向きに頑張る姿を見て
 逆に勇気をもらいました!!」

そう言ってくれますが
それは違うんです。

本当は、哀しくて苦しくて辛くて・・・
やはり悲しみしかないんです。

でも、その大きな悲しみに目を向けると、
先も見えない中、生きてはいけない。

だから、悲しみを封じ込めて
その日一日を乗り越えることを目標に
過ごしているんです。

今日を乗り越えることで
精一杯なんです。




そう話して下さったのは
不思議な巡り合わせで出会えたKさん。


それが、寡黙な東北の方達の
“心の声”なんだと教えてもらった。


大船渡の職場をこの夏に定年退職されるKさんは、
津波によって流された芸能文化を継承することも
街の復興の一翼を担うと考えていらっしゃって、
退職後は、継承活動に力を注ぐ予定なのだとか。


そんなKさんとは今年また会う約束をした。

その時は「復興居酒屋で飲もう!」とも。。。




被災地の今を知る。
被災地の声を聞く。

それを伝える。


微力も甚だしいし、おこがましいとは思うけれど
「かきや」の私が出来ることの一つかもしれない。


そんな想いを新たにした
2013年3月11日。



東海の子育てコミュニティ マンマ・マーマ

マンマ・マーマ編集長 野村綾乃の『あやのみや的こころ』でも
綴らせて頂いたので、よろしければ読んでやってください。