手に取った瞬間、きゃーでもわーでもない声が出た。

あの瞬間的な高揚。なんなんだろうね。笑
このタイミングなら
きっと初日の広島の写真ではないかと。
早く寝たんだけど
なんとなく目が覚めて。
友達のブログを読んだ。
聴こえてきたのはこの唄だった。
9.11。
3.11。
きっと一生忘れられない、大きな悲しみの日。
そこにある想いになにか差し出せる言葉なんて見つからない。
ただ、このうたが
届けばいいな。
たぶんね。あたしが勝手に思うんだけどさ。
もう、誰もが明日を疑うようになってしまったかもしれない、って。
この日常が、続いていくというコトが
不確かなものになってしまったって
思うヒトが増えただろうなあって。
でね。
2005年のあたしは
まさにそう感じてたのね。
秋にダンナさんが亡くなったコトも確かにその要因なんだけど。
より強烈にあたしにそういう意識を植え付けたのは
その半年前の春の。
母の自死だったのね。
買い物途中に弟からの電話。
「お前今、兄ちゃんと一緒?」
弟があたしをお前と呼ぶのもダンナのことを兄ちゃんと呼ぶのもいつものことで。
だんなになんか用事?って思うような
日常のひとコマよね。
それは母の死を伝える前に
姉のそばに夫がいるかどうかを
確認した弟の配慮だったなんて
思わないよね。
明日自分が生きてるかどうかなんてわからない。
そんな毎日を、どう生きたらいいのかわからない。
そんな数年を過ごして。
母のことは未だに
どんな風に考えたらいいのかわからなくてほったらかし。
もう、考えないことにした。
誰かの命が終わるってコトは
今この時間にも、どこかで起きているから
やっぱり避けようが無いよねえ。
先のことはわからないなら。
じゃあ、今日を。
今を。
どう生きるかなんじゃないの?
そう思わせてくれたのが、コブクロで。
強がりなあたしも。
情けないあたしも。
まるごと受け入れてくれたのがMr.Childrenで。
こうやってゆっくり歩いていく道の先で。
僕らはずっと待ってる。いつまでだって待ってる。
きっとたどり着けるよ。一緒に行こう。
そう言ってくれるのが嵐さんで。
彼らが歌ってくれるのは、あたしのうた。
彼らが届けてくれる
きぼうのうたを、くちずさむ。
あたしの知ってるあなたや
あたしの知らない誰かさんにも
もちろんあたしにも。
明日も
その先も
ずっと
大切なヒトとの日常が、あることを。
祈りながら
うたってるよ。
あたしが明日を信じてみようと思えてるのは
まぎれもなく
音楽が与えてくれたチカラなんだよ。
そして。
だいじょうぶだよ。
そう言ってくれる、友達のおかげなんだよ。
それから。
何も言わないけど、見守ってくれてる
あなたのおかげなんだよ。
ありがとうね。
はーーーーー。
かんっぜんに深夜のテンションですなwww
や。
まあ、でもね。
日夜、妄想を繰り広げて幸せ感じてますしねw
Liveに行ったらもう
その場所にいられることが
めっちゃくちゃ嬉しいしさ。
毎っ回、ミスチルのLIVEで
「生きててよかった~」っつって暴れてるしねw
日常だと思っていたカタチが
ある日途切れても。
またそこから始まる日常があるんだね。
いろんな場所にある日常が
たとえカタチを変えてしまったとしても
新しく始まる日常が
あたしが思ってる以上に
稲穂のようにたくましく強く、ありますように。
そう信じたい。うん。
ミスチルの名古屋公演も無事終了して
通りがかりに読ませてもらったレポの最後に
「最高のLIVEはここにある!」
そう書かれてあって感涙。
俳優の津川雅彦さんが
嵐さん@国立のことを書いてくださってて
それを読んだらなんか、いろんなこと想った。
命があるんだから
いろんなことを深く感じて味わったほうがいいよね~。←マニアックの言い訳www
さ~、今日もだらだら書いたぞ~w
月曜日だ。ぜ~ろ~の日だ。
また一週間が始まるね!
わわわw
思い出した、今週末は二日続けてイベントだ←忘れとったんかいっ仕事やろ!
かずー。
エネルギーチャージして~。
ん~?

さあ。
この左腕のスキマに
どうやってもぐりこもうか。笑