アメ限書いて友達から
どこ行ってるん?てメールが来て
「あ、なうでしかフェリーの話してなかったわ( ̄ー ̄;」と気がついた
おまぬけかじゅさんです、こんばんは^^
今回はいくつかの用事があったのね。
一番大きなのは明日のスクーリング授業。
で。九州→関西にはいつか方法があって。
今回久しぶりに船旅という選択。
思いのほか快適だった。
座席に拘束されないってのが
最大の魅力だわ。
で、神戸に8:20着。
朝ごはんはまだ我慢。
それはなぜかというと。
神戸IKEAで。
ここ、去年行ったとき
ランチが美味しくてさあ。
レストランも明るくて広くて気持ちいいの。
午前中にはIKEAを出るつもりが
午後になり、急いで京都へ。
京都には行く理由がいくつかあるけど
今回の最初はここ東本願寺。
ダンナさんを分骨供養してもらってるので
京都に行くと必ず寄るのだけど
今、井上雄彦さんの親鸞聖人の屏風絵が公開期間中なのを
友達に教えてもらったので整理券配布時間中に。
すると、計らずも大きな法要の日で。
いつもとは違う華やかな雰囲気。
でもね、いつもここに来ると
写真に写ってる「今、いのちがあなたを生きている」って言葉に
はっとさせられる。
このカラダは言うたら、イレモノでしかない。
内側に大切なものがある。
それはあたしのものではないのかもしれない。
でもね。
「いのちがあなたを選んで生まれてきた」という言葉も
他の場所にあるのね。
どんなことにも意味があると
理由のないことなんてないんだと思わされる。
まあ、意味とか理由とかを探しすぎた頃もあった。
じゃないと、目の前の事実が受け入れられなかった。
けど、この頃は意味のないくだらないことも存在していて
自分がどれを取捨選択するかってことなんだと思ってるよ。
で。
井上さんの屏風の部屋に入って
まず、製作過程を振り返った井上さんの言葉を読んだ。
その文章が、すぐに滲んで、一つ大きく息を吸った。
そして後方の屏風に進んで。
右端の民衆の顔で涙腺決壊。
一人ひとりの表情をみつめて
左端の親鸞聖人にたどり着いた。
息を呑んだ。
その視線の先に
蝶が舞っていた。
その数十センチの間にあるなにか。
目に見えるものが描かれてるわけではないのに
でもそこにあるなにかに
目を凝らしてた。
こころを凝らしてた、というべきなのかな。
そして進むと。
まったく違う表情の親鸞聖人が
鳥を見つめていた。
描かれていたのは鳥と花、そして親鸞聖人だけで
背景も何もない。
だけど、その何もない白さにまた、息を呑んだ。
湧いてくる涙を深呼吸で止めて
ずっと後ろに下がって
二つの親鸞聖人を見た。
何に揺さぶられてるのかを考えるのはやめて
ただ、見てた。
最後の最後に入場したので
人も少なかったけど、時間的には短くて。
でも、呼ばれたんだなって思った。
ほんとなら間に合わなかったの実は。
でもね、ミラクルがあって。見ることができた。
それからダンナさんが納められてる御堂に行って
お参りした。
実家に位牌もあるのにね。
なんでかあたしはダンナがここにいると思ってる。
ダンナに話しかけることは日常生活ではほとんどなくて←ひどいヨメw
ここで手を合わせるときだけはいつも
話しかける気分になる。
で、話しかけて気づくの。
まもられてるコト。
手を引いてもらってるコト。
今日も、井上さんの、見せてくれたねって。
あのままだったら見れなかったのに
キミがそっちから手をまわして
見れるようにしてくれたんでしょって。
そうやって話しかけてやっと気づく、ばかヨメでごめんって。
御堂、きれいになってよかったねって。
外に出てしばらくお庭と京都タワーと空を
ぼんやり眺めてた。
あたしが二宮にはまってるのはきっと
またダンナの策略に違いない。
そんな確信したりして。笑
以下、のろけます。笑
その辺の男に惚れるには
うちのダンナさんのハードルは高いのさ。
見た目が特にね。
なんせあーばさんの手足の長さ、華奢さ、薄さを持った183センチ。
言うたらなんだが、おおさわたかおに潤さま2割くらい足します。
↑全部、この世にもういないので何でも言えます。笑
性格はね、石橋たたいて叩き壊す@二宮にそこは似てるw
かーなーり、空気読むからめんどくさいw←ここも似てる。
で、潤さまより3割くらい優しくない程度の優しさ。笑
どーよ。
このハードルの高さ。←上げてるのはあたしかっ。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
のろけバナシ終了。ちーん。すんませんm(_ _ )m
てかね。
さっきも書いたけど。
カラダがあるってことの意味。
支えてくれるのって
カラダがそばにあるかどうかじゃないんだってコトもあるんだよ。
たしかにね、触れたくなる。
つないだ手とか、抱きしめてくれる腕とか
もたれかかる背中とか。
だけど、触れる距離にいても
こころが離れてることも、この世にはあって。
音楽や文章や声、言葉が
こころの中で
敏感なところに触れてくる。
その感覚のほうが
あたしにとってはリアルなんだよね。
「永遠」って感覚。
「ずっと」って言葉。
自分が大切に想い続けたら
大切なヒトは
いつもそばにいるよ。
ダンナさんをここに納めてから
初めて一人で京都に来たときは
ずっとコブクロがイヤホンから流れてた。
おととしはつま恋の帰りだったから
ミスチルだった。
今日はずっと嵐さんで
お寺でミスチルの「かぞえうた」を聴きたくなって。
聴いたらこないだの広島を思い出して。
広島も復興の街だって想って。
それから宿まではミスチルだった。
音楽はいつもそばにいてくれる。
そして聴いてると歌い手が浮かぶでしょ。
その顔を思い出してる時は
すぐそばにいてくれてる気がするよ。
「ふと想ったときには
そばに来てるんだよ」
ダンナが亡くなった後
誰かが言ってくれた言葉。
いつもダンナは
思い浮かべれば来てくれるんだよって。
この街に来ると
いろんなことを、想いだすよ。



