光とシンクロ | ayanokakera

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2008年9月から2012年7月までの
amebaとexiciteのブログをまとめて保存しています。



コブクロ「月光」

へこむ度に聴いてきた曲。

ぼろぼろの自分を受け止めてくれる曲。

 

   愚かさに気付くのはいつでもそう

   階段踏み外したり転んだ時だけさ


   優しさにすがったって

   道に迷い込んだっていい 

 
   誰にも言えないことだって



   暗闇でしか見えぬ光がある




暗闇に突き落とされないと

わからなかった自分に嫌気が刺す。



太郎がいろんなことに敏感だということはわかっていたはずなのに。

親の感情をぶつけるコトが

ひどく響く子供であることはわかっていたはずなのに。


言葉は諸刃の刃。

ここ数年、一番大事なことだと感じてきたはずだった。なのに。



あたしが叱り方を間違えてる時。

自分でもわかってるのにブレーキがかからない時。

あたしは火の性質が強いタイプで
土と水のエネルギーが枯渇すると瞬間的に怒りの火が炎になる。


そんな時に放つ言葉は凶器なんだよ。

言霊のチカラは充分にわかってるつもりなのに止まらない。

言い放った後にものすごい後悔の念が身体中を襲う。
自分自身の言葉に暴力的な寒気がする。

その時にはもう遅いのに。


「もう知らない!なにもしてあげない!勝手にしなさい!」

何様なんだろ、あたし。



脅しで得るものなんて何にもないってわかってるのに。



おとといと今日。そんな一言を太郎に放ってしまった。
それでもその後フォローしたつもりだったんだよ。

でもそれはあたしが自分に対して辻褄合わせをしただけだったんだ。




お風呂から上がってきた太郎が唐突に「読んだ?」と聞いてきた。

「なにを?」聞き返しながらさっき太郎が机に向かってたことを思い出したので

椅子の上の本に挟まれてた折り紙の切れ端を引き抜いた。


「読まんでいい!冗談やけ!」

そう言ってあたしの腕を引いた太郎を振り払った
あたしの眼に飛び込んできたのは。






「じさつする。」

8歳のこどもがひらがなで折り紙の裏に鉛筆で書いた文字。



狂気の沙汰。

そういえばさっき叱られた直後
包丁に手を伸ばしてた、この子。

あたしに見つかって隠れたんだった。






息が止まりそうだった。


4年前、母さんが書き遺したメモ帳の走り書きを思い出した。


「死に場所を」






自分が今立っている場所に

ぽっかりと真っ黒な大きな穴が口を開けた。


底のない暗闇の中へまっさかさまに落ちていきそうで

必死で太郎を抱きしめた。


背筋が凍るようなぞっとする感覚。

一度目は娘として。二度目は親として。こんな想いをするなんて。



一昨日碧さんから言われた言葉を思い出す。

「学びは繰り返しやって来るんだよ。これでもかってくらいね。

だから、はい来たねって気付くようになるよ。」




太郎の手を握って聴いてみた。

「なんで?」



ぽろっと一粒涙をこぼして

「お母さん俺のこと嫌いやけ。」



あたしの言葉が足らないのか。

あたしの想いが足らないのか。

どれほどの想いを尽くしたら
この子に届くのかもうわからない。


毎日何度も抱きしめる。

寝る前にあなたを大事に思ってると伝える。

旦那さんが遺した子供たちへの愛情も含めて

伝えられる限り伝えてきたはずなのに。



歯がゆくて悔しくて

チカラの限りで太郎を抱きしめた。




もう一度改めて嫌な言葉をぶつけてしまったことを謝った。

そしてあたしが太郎と花子のことを

どれだけ大事だと思ってるのかを話した。



誰からもどんなことからも守りたいのは二人だと。


どんな苦しい思いをしてでも守ると決めてるのがあなただと。花子だと。




「わかった」と頷いて太郎は笑った。



それを花子が首を伸ばしてのぞいていたので

呼んで同じように抱きしめて話した。

「お兄ちゃんいいなーと思って見てたんだよ。」

花子はほんとに花のような笑顔で笑う。




そのあと何事もなかったように

楽しそうにビー玉で遊んでた二人。



あたしは背筋の寒気が未だ取れないままだ。



この感触を忘れてはいけないんだ。

忘れる訳にはいかない。



あたしの中にある驕りを 

思いあがりを

戒めるために。





   愛する人は笑ってるか

   信じるものはそこにあるか
 



忘れてはいけない視点を

コブとクロはいつも投げ掛けてくれる。






コブクロ 「光」




笑いながら遊ぶ子供たちが教えてくれてた。


  こっちだよって手を叩いて


前を走るのがあたしの時もあれば

子供たちの時もあるんだってこと。


導き導かれて。





こんなことが待ってるなんて
思いもしない昨日の夕方。

「虹」が聴けた。


あたしの中に
コブとクロの声にだけ反応して響きわたるアンプがあるんだ、きっと。

眼を閉じて聴いた。

そして鳥肌が立った。

あたしは虹の光の中にいる。

そう思った。



何度も何度も聴きかえして
左脳プレーヤーに取り込もうとした。


  不安や迷いを解く光のような言葉
  
  僕は見つけられるのかな


「かな」からドラマティックに展開していくメロディに心の奥にある水面が揺れる。

その波は聴けば聴くほど大きくなって
深い底に溜まっている
なかなか濾過できない沈殿物も揺らし始める。


そんな風に彼らの曲は
あたしの内側を細かく振動させながら
広がりをもってつま先から指先まで全身を浸していく。



近すぎて見失っていた子供たちが放つ虹の光が

本当はあたしを包み込んでくれてたこと。

この歌詞の中にあったんだ。


  近づけば近づくほど 見えなくなっていくけれど

  消えたんじゃない


  光の中に君は今 包まれているから




今朝引いたカードはシンクロニシティ〈共時性〉だった。


あたしが生きる時間は

こうして彼らと彼らの楽曲とシンクロしていく。



ブログを書くことはそれを確認していく作業になる。





今までもこうやって来た。

今回は「月光」「光」「虹」。

全てを繋ぐキーワードは「光」。


太郎の本名にも使ってる文字。


ほらね。こうしてシンクロしていくんだ。


だから明日もあたしは笑うことが出来る。

今ももう笑顔なんだよ。



早く4月になってCDで音源聴きたいなあ。

もちろんヘッドフォンで(`・ω・´)b