PCに残ってたデータで復元できたのが6月まで。
SMSも6月。写真も。
アプリも全部消えてたので
インストールし直してる。。
メールアプリは復活できたけど
写真のアルバムはだめだった。。。
他のはもう今日は試す気力なし。。
バックアップにマメな方じゃないからさ。
デジタルデータがこんな風にアクシデントで消えるのは
仕方ないことだと思ってる方なんだけど。
凹むわね~(TωT)
凹みついでに
このところずーっとうずいてる棘の話、していいかな。。
何度もそこから抜け出れそうにはなるんだけど
引き戻されちゃうんだよねえ。。。
いい話じゃないからさ。
書かなきゃいいんだけど。
書くことが何度もあたしを引き上げてくれてきたので
それを期待して。
iPhoneが固まる前にiMACに移した画像で
スクリーンセーバーを設定してたのね。
まっさらの画面に一枚ずつ写真が貼られてくの。

手前に大きく表示されてから
奥のサイズで画面を埋めてくのね。

奥は消えないから
画面が埋まるまで繰り返し
写真が全体に重なってく。

この様子を眺めながらね。
かずさんのことを何にも知らなかった自分が。
こうやってひとつずつ
二宮和也を
その、ひととなりを
知ってきたんだよなあって思ったの。
一つの表情をとらえるたびに。
その視線や
その思考が
このヒトの内側が。
どんな風に動くのかを。
知りたくて
わかりたくて
感じたくて
貪るように
夢中になって
その中へ降りていった。
音楽でも仕事でもなんでも。
あたしは「知りたい」コトにとても貪欲になるという性質を持っていて
周りがあきれるほど夢中になって掘り下げる。
だけど
どんなコトもそう簡単にわかるはずもなく。
胸の奥と頭の奥のつながってるところあたりにある
ぼんやりだったり
どろどろだったり
ふわふわだったり
そういう掴めないモノたちを
自分のコトバというカタチの中で見つけようとする。
コトバに例えようのない感情的な何かが
どうにか腑に落ちる瞬間を迎えたいがために
ひたすら書いてきた。
今、この瞬間もそう。
このところずっと囚われてるどす黒いカタマリの
放り出し方を探してるような感覚。
二宮和也のことを
わかった風に語るなと。
わからない人間が
わかった風に語るのは
読んでいて不快だと。
ガンツの迷路からあたしが抜け出した頃に
メッセが届いた。
古参の、にの担のそのひとが
新米あらしっくのあたしの書く二宮和也に
何を感じたのか、知る由もないし
ブログの文章なんてのは
百人いれば百通りの解釈があるのだから
もともとアクの強いあたしのコトバを
嫌いな人がいても不思議はない。
そう一度は受け入れた。
ただ。
あたしはあたしの内側にあるものを知りたくて
この数年ずっと文章を綴ってきたのね。
あたしがわかってることなんて
この世界の中では
小指の爪の先ほどもないかもしれないと思ってる。
あたしが知ってるあたしだって
これを読んでくれてるあなたが知ってるあたしとは
ずいぶん違うんだろうし
いつもどんな状況のときも
自分の感じた見えない何かを
あたしのコトバにすることで
あたしはあたしに気づかされてきたの。
だからあたしは
自分のことを全部わかってるなんて
思えたことは一度もないの。
そんなあたしが
誰かのことを
わかるなんて思ってもいない。
それでも。
あたしはあたしのことをわかりたい。
それはもう、いつだって渇望してること。
それと同じように
自分の内側に入り込んできたヒトのことは
わからないけどわからないなりに
わかりたいの。
どうにかそこに近づきたい。
そう想い続けて
かずのことを書き続けてきたけど。
このところ、その人のHNを不意に目にすることが
何度かあって
思考が止まるようになってしまった。
中毒だと思ってた書くことへの衝動が
萎えてく音が聞こえそうなくらい
見事に崩れてくんだ。
そのメッセで刺さった棘が
もうどこかに消えちゃったと思ってたのに
どうやら未だに抜けてなくて
今頃になって膿みだしたってとこなんだろうな。
だから。
こうして書いて
自分で出さなきゃなんだろうな。
膿みは全部出し切らなきゃだめなんでしょ?
さて。
ここまで書いたら
うん、降りてきた。
そこを打ち破る、問い。
わからないから
わかりたくて書いてるあたしと
わからないのに
わかった風に書くなという誰かの
重なるところはある?
嫌なら読まなきゃいいじゃんっていう極論は
ちょっと横に置いといて。。
書きながらどうにかたどり着いた
あたしの感じた二宮和也をカタチにしたコトバが
「わかった風に」受け取られたってこと。。。かな?
二宮和也に向いてるベクトルの方向は同じはずなんだけどなあ。。
重ならない。。かな。ズレてるね。
誰かの感受性を
あたしが変えることなんて出来ないもんね。
受容するイレモノのカタチもサイズも違うし。
ああ。そうか。
「自分の感受性くらい自分で守れ」だったっけ、Rちゃん。
何かをコトバにして
こうして公開してるからには
その強さや覚悟がいるんだね。
今、思ったんだけど。
わー。
すーっと腑に落ちたよ。
ほら、こういう瞬間がくるから
あたしは書くことをやめられない。
頭からすーっと
なんか重たいもんが消えていった。
自分の感受性を守るのと同じように
あたしは「うちのかず」を守らなきゃいけない。
そういうことか。
あたしの内側にいるのは
あたしが感じた二宮和也なんだから。
他にこのヒトの居場所なんてないのよ。
あたしの感受性は誰にも奪えない。
同じように。
あたしのなかに生きるこのヒトを
あたしは誰にも渡さない。
そう思えば。
うん、楽になった。
あーーーすっきりしたーーーーっ。
やーーーっと、すとーんときた。
で。
イタいほど
うちのかずに惚れているということも
再確認ですわ。。爆
にの担さんが百人いればその数(←w)の感受性があって
百人の「うちのかずさん」がいるってことだもん。
なんか微笑ましいと想う夜ですな。。。
さ。。
かずが待ってるから
隣に行ってきまーす ←早速の妄想:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
こんなめんどくさい迷路みたいなコトバの羅列を
ここまで読んでくれたあなたには
最大級の感謝の気持ちを。
ありがとうね。
おやすみなさい。