opening-声-ラヴコネ | ayanokakera

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2008年9月から2012年7月までの
amebaとexiciteのブログをまとめて保存しています。

僕の心臓。

鼓動。





鎖に繋がれ
高速道路がなだれ込み
ビルが乱立して
隙間もなければ
余裕もない

これは僕の心臓か。


目の前にうずたかく積み上げられた
スーパーマーケットの商品は
さしずめ僕の欲望といったところか。

迷路に迷い込み
行き先を見失って
カゴの中は未だに空っぽで。

いくつものTRAPには
すんでのところでとどまって
どうにかなんとか
崖からは落ちずにすんでいる。

僕は焦ってるんだろうか。




不意に現れた出口。
雑踏の中に
僕はキミを見つけた。

「ああ、やっぱり・・」

キミの気配だけで
僕はそう思わされる。

ナニカが簡単に
そう、いとも簡単に。

とてもあっさりと、腑に落ちる。





そうだよ。
ここは僕の自宅マンション。

今はようやくやってきた春の一日。
早起きした僕は
年末参加したLiveのDVDを観てる。

わかってるはずなのに。

階段をゆっくりと上ってくる
キミの姿に

鳥肌が立つ。
カラダがこわばっていく。
胸の奥がホントウに痛い。締め付けられる。

不思議だけれど
やっぱりね、と僕は笑う。


アタマより

カラダは素直だ。




シルエットの中
光に浮かぶキミの手の甲をみつけて

キミが神でもなんでもなく
同じ「ヒト」なんだ、と感じてしまうほど

シルエットになったキミは
とても象徴的なナニカで。


1:20あたりからの映像。

「ヒトのカタチした光」

射し込んでくる光の中のキミを観ながら
僕はそんなことを考えていた。


シルエットが転じて
実像のキミが映し出されると

僕の涙腺は
危うくなってきた。

わかってるはずなのに。
これは過去の映像なんだと。


キミの歌声が
会場いっぱいに広がっていく。

ゆっくりと、とてもゆるやかに
ここに在るすべてが満たされてゆく。


この「声」だ。

他の何でもない。
僕のすべてを満たしてゆくものは。

この何にも代えがたい
彼らだけが与えてくれる肯定感。

コトバじゃない。
メロディですらない。


この「声」が 僕のすべて。







くっ。

なんだってんだ。

映像のラヴコネで
泣いたことなんかないはずだ。


Mr.Childrenの映像作品は
これだから手に余る。

巧すぎるんだよ、なにもかも。

なにもかもが
相対的に効果的で印象的で。

あっという間に
僕の感覚という感覚全部が
ヤラレるんだ。


この場所にいるときの僕は
TRIPしてイっちゃってるから
こうして映像になって
はじめていろんな事がわかったりする。

聴こえてなかったものが
見えてなかったものが
こんなにもあるんだと
愕然としながら

僕はまた侵されていく。


「お気に召すまま。」

僕の好きなカタチで
キミを支えにしていいんだね。

「自由にしてあげよう 僕が」

キミは何度も手を差し延べてくれる。




そう。
このDOMETUOR。


放たれているのは

「LOVE」。


地上にあるすべての愛のカタチを
彼らは提示しようとしてる気がする。

それはそんな大げさなことじゃなく。

日常にあるもの
とてもsimpleなもの

そういうささいな、でも大切なモノのコト。



クスリ?
宗教?
それとも自己催眠?
暗示、妄想、幻覚、現実逃避・・
心理的な分析は
いくらだって可能だろ。



なんだっていい。

僕にとって
信じえるモノがこれなんだ。
信じうるモノがこれなんだ。

言い方だって
どうだっていい。



Mr.Children is my life.

最近見かけたこの言葉が
僕は妙に気に入っている。