今日はクスリが切れたみたいだった。
BUMP OF CHICKEN 「HAPPY」
作詞・作曲 藤原基央
健康な体があればいい 大人になって願う事
心は強くならないまま 耐えきれない夜が多くなった
少年はまだ生きていて 命の値段を測っている
色々どうにか受けとめて 落書きのような夢を見る
優しい言葉の雨の下で 涙も混ぜて流せたらな
片付け中の頭の上に これほど容易く日は昇る
悲しみは消えるというなら 喜びだってそういうものだろう
誰に祈って救われる つぎはぎの自分を引き摺って
戦う相手さえ解らない だけど確かに痛みは増えていく
教わらなかった歩き方で 注意深く進む
膨大な知識があればいい 大人になって願う事
心は強くならないまま 守らなきゃいけないから
少女はまだ生きていて 本当の事だけ探している
笑う事よりも大切な 誰かの手を強く握って
優しい言葉の雨に濡れて 傷は洗ったって傷のまま
感じることを諦めるのが これほど難しい事だとは
終わらせる勇気があるなら 続きを選ぶ恐怖にも勝てる
無くした後に残された 愛しい空っぽを抱きしめて
借り物の力で構わない そこに確かな鼓動があるなら
どうせいつか終わる旅を 僕と一緒に歌おう
Happy birthday
優しい言葉の雨は乾く 他人事の様な虹が架かる
なんか食おうぜ そんで行こうぜ
これほど容易く日は昇る
悲しみは消えるというなら 喜びだってそういうものだろう
誰に祈って救われる それよりも大切な手をとって
勝ち負けの基準も解らない だけど確かに守るものがある
教わらなかった夢と共に 少年は大人になった
続きを進む恐怖の途中 続きがくれる勇気にも出会う
無くした後に残された 愛しい空っぽを抱きしめて
消えない悲しみがあるなら 生き続ける意味だってあるだろう
どうせいつか終わるたびを 僕と一緒に歌おう
Happy birthday
今朝、キミと初めて出かけた日の夢を見た。
笑った顔が懐かしくて
目が覚めそうな曖昧な時間に、もう一度強く目を閉じた。
逢いたいと思うことに何の意味があるんだろうね。
そんなことを思った朝。
こんな曲を聴いた夜。
逢いたいと思うことが生き続ける意味になるのかな。
歌詞の中のフレーズの幾つもが
まるで僕のことのようで
目の前の景色がぼやけて
いつまでも元に戻らなかった。
「愛しい空っぽ」か。
何とも残酷な宝物だね。
そんなことを思っても
もうすぐ容易く日は昇る。
そうか。
心は強くならないまま。
だからこうして音楽を聴いて
借り物のチカラを得ていくんだね。
僕は音楽を聴く度
自分が強くなったような錯覚を感じる。
このクスリにはそういう作用がある。
錯覚だよ。
だって何度そう思っても
実際には強くなってないんだからさ。
おなじとこを行ったりきたりでさ。
強くなったような気がするのは
悲しいことやさみしいことを
忘れてるだけなのかもしれない。
だけど聴けば必ず鼓動は強くなる。
確かに今日も、僕はここにいる。
鼓動は止まずに、僕はここにいる。
今日も、僕の「続き」が始まる。
その前に、ひと眠りしとこう。
朝目覚めたらきっとクスリが効いて
この曲が僕の鼓動に鳴る。
そうして僕は錯覚を生きる。
それでいい。
そう思ってる。
ずっと醒めなきゃいいのにな。