まだかな、いや、どうしようかな、と迷っていましたが、このたびお腹にあたらしい命が宿りましたこと、ご報告します。

沖縄にいく前日にわかりました。
7月、今までお仕事で携わっていたスタジオ等を、一度離れることを決意しました。インストラクターとしてのルーティンを、自分の練習を続けたい気持ちに反して、ついていけない体をまだ自分自身受け入れることができず、イライラもやもやしていました。
8月、これがつわりなのかな、吐き気を毎日感じながら、ほとんど寝ていました。家事手つかず。そして、かわいいかわいいわんちゃんが急にこの世を去っていったこと。予想のつかないめまぐるしい変化に、いったいなんなんだろうと、首をひねりました。毎年恒例の海にももちろん行けず。ひたすら真夏の日差しを窓越しに、蝉の鳴き声を上の空で聞いていました。
9月、少しずつ動けるようになったように思えたのだけれど、なぜかつわりがひどくなる始末。寒くて、重ね着しまくる。誰かに会いたい症候群。試しにひとり電車に乗って気分転換に出かけてみるが、まだ無理みたい、よろよろと帰る。
10月、つわりが完全ではないものの治まってきて食欲が出てくる。ちょこっとお出かけできるようになる。これが胎動?というものを感じ始め、すこしずつお腹が目立つようになってきました。友人からの素敵な贈り物、マタニティーヨガのDVDを観ながらお家ですこし体を動かす。この2、3ヶ月ほとんど体を動かしていなかったので、かたくなっているわ、筋肉量の減りが著しいわでショックを覚える。でも、もうひとりの体じゃない、と思うと気持ちがほっこりします。
初めての妊婦生活は、もう宇宙です。わたしと、もうひとりの鼓動を感じているなんて。

まったく予想のつかない出来事が降りかかってきます。
あたりまえのことなのだけど、それを色濃く感じるのが、この1、2年。
ぐるぐるかき乱れて、洗濯機のなかにいるような気分です。
自分ではコントロールできない、流れにのりながら、感じながら、日々が冒険のようです。
良いこともあれば、嫌なこともあるし、理解できることもあれば、理解出来ないこともあります。
不満や不安、心配事、人を羨ましく感じ、自分なんてと必要の無い劣等感を感じたり、とても弱い自分に触れて、そんな深い暗い海の中で勝手に溺れて、なかなか這い上がってこれないとき、大切なものが離れていってしまったときの虚無感、焦燥感、あとから押し寄せてくる様々な後悔、エトセトラ。
そんな風にネガティブになるときこそ、なにかヒントが隠されているような気がするのです。
ふと見上げた空が今まで感じたことがないほど澄み渡っていた。心のもやもやがスッと晴れるような心地よい風を感じた。身近なひとのささやかな一言だったり、言葉や行動から伝わってくる優しさ。それらから普段感じることのないものを、感じられたときのあたたかい温度。パワーがみなぎり、一歩、前にすすんでみようと思う勇気や自信がわいてくる感覚。
笑いたければ笑えばいい。泣きたいときは泣けばいい。ごまかそうとするから素直に表現できなくなる。ほんとうはしたいのに。
一瞬で変わることもあれば、おだやかにゆっくりと変わることもあります。お天気と一緒ですね。晴れたり曇ったり、急に雨が降ることもあれば、強烈な雷が落っこちてきたり。笑
願いが届くこともあれば、届かないこともある。
人の心は移ろいでいくもの。
ずっと、一生、永遠に変わらないものこそありません。
そんな約束がないからこそ、ひとつひとつの起こりうる現実を、まっすぐな目で物事を見れるように、大切に扱えるように、自分の芽を育てて行きたいですね。
人はありのままが一番うつくしい。かっこつけようと思うからどこか歪んできちゃうのかな。

地に足をつけて、お腹に力を入れて、肩の力を抜いて。
そんな安定感を感じられるよう、もっと自然豊かなところに身を置きたい。わたしにも、家族にもとても必要なことだと思います。
無事に赤ちゃんを生むことができ、家族がみんなが健康であるならば、南へ移住します。いまのところ九州あたり。
そんな日を待ち望みながら、日々の変化を楽しんでいけたら本望です。