夢見る頃を過ぎても -4ページ目

お盆

最近はお盆でじいちゃんが泊まっとるってのもあって毎日ばあちゃん家に行ったパー

山にあるとけど久しぶりにタマムシ見た淲
夢見る頃を過ぎても-100812_154548.jpg

14日は墓掃除手伝って、そのあと従兄弟家族が来てバーベキューばした煜

ホルモンが旨すぎてずっと食べよったしチョキ

夜にはハンマーセッションと美丘見て花火ばした

15日は20分くらい歩いたとこまで仏壇に上げてあったもの包んで持って行ったパー

風があったけん結構涼しかった煜

帰りに遊INGで龍が如く見参ば買ってきたグー

昨日はパチンコに行った淲

客が多くてなかなか座れんかったけど海の地中海の甘デジが空いたけん座ったパー

初当たりは早くて1000円で当たって、連チャンして一気に3000発まで出たけど1回1500発くらいまで落ちたあせる

でもそこから15連して8000発まで増やしたけど半分突っ込んで終わった涬

収支は12200円のプラスやったパー

初打ちの時に撮られた写真が載った無料情報誌には性別間違われたコメントつけられとるし瀨

でも久々楽しかった煜

全国大会

8月5日に長崎出て静岡の清水に行ったパー

移動はJRと新幹線ば乗り継いで行ったとけど、とりあえずキツかったあせる

その日は練習せずにトランプとか花札ばして遊んだ淲

8月6日は開会式があって、始まるまで時間あったけん練習しようとしたけど主催者側の人に「他のチームが来たら広さが足りないので、しないで下さい」って言われて結局試合前に練習できんかった涬

開会式終わって民宿に帰って風呂入って夕飯食べて街にお土産ば買いに行った煜

その帰りに間違えて民宿と逆方向のバスに乗ってしまってタクシーで帰ることになってしまった瀨

8月7日は試合があったパー

対戦相手は去年の優勝校で前半の半分はなんとか無失点に抑えたけど、給水タイム明けに股抜きされて失点して、そのあとループで決められて、後半も左サイドに2点決められて、最後はPKで右に決められて結局5-0で負けた汗

何本か一対一の場面で止めれたけん良かったけど負けたのは悔しい渹

試合後にチームの何人かが相手チームの人に喧嘩売りに行ったって聞いて本当に申し訳ないと思う淸

試合終わって弁当受け取って清水駅前に行って1時間くらい自由時間があって西友とかに行ったパー

この日にお土産買えば荷物増えんで良かったとにって後悔したあせる

それから8時間くらいかけて帰った益

帰って母さんに迎えにきてもらって浜勝に晩御飯食べに行った煜

家についてから1時間後には爆睡しとったしぐぅぐぅ

従兄弟来たと気づいたけど起きれんかったDASH!

そして昨日は8時に起きたパー

昼までゴロゴロしてご飯食べて風呂入ってじいちゃんのお見舞い病院

検査結果は最悪な結果じゃ無かったみたいで少し安心した煜

晩御飯はばあちゃんの家で食べた淲

帰りにおばちゃんの家に寄って帰ってきたチョキ

この日も帰ってきてすぐに寝たぐぅぐぅ

今日は久々の登校日やけん頑張ろグー

じいちゃん

昨日からじいちゃんが入院した。

去年の年末に肝臓にガンが見つかって、医師からも進行の度合いから「もう摘出することは出来ない」と言われてた。

なんとか入院しながらの抗がん剤の投与のおかげで状態は良くなって、自宅にも帰って来れてたし普通に生活できてたけど、おととい胃の調子がおかしいと言って病院に行った。

一人で行ったから結果は詳しく話してもらってなかったけど「明日から入院してください」って言われたらしい。

そして昨日お母さんとばあちゃんが付き添って病院に行き、医師からの説明を聞いてきた。

そのあと、大会もあるし少しの間会えないから夜の面会時間ぎりぎりにお母さんと病院に行った。

いつもと変わらない様子に少し安心した。

「入院っていっても検査入院やろ」って思ってたけどその帰りにお母さんが運転しながら「何も無いようにしとるやろ?」って言ってきた。

いきなりの言葉に困惑したけど、あまり良くない状態というのはすぐに理解した。

お母さんの話によるとリンパ線が腫れてたとこが太くなってしまってるらしい。

「胃と大腸を診てもらった時に大腸は異常なかったけど胃のほうに何かあるかもしれん」とも言ってた。

そのあとに行ったばあちゃん家でも、ばあちゃんが「結果がはっきり出とらんけんわからんけど、ここまで生きてこれて幸せって思わんばかもしれんたい」って言ってた。

よっぽど良くないのかと思った。

家に帰ってきて、いつも台所から見えるじいちゃんの姿が無いと、いろんな感情が湧いてきて涙が出てきた。

誰か居るときは大丈夫だけど独りになると泣いてしまう。

まだすぐにどうにかなるっていう状態じゃないけど怖い。


小さい頃から両親が共働きだった自分にとって、じいちゃんは親以上に面倒をみてくれる存在だった。

何かあった時に病院に連れていってくれるのもじいちゃんだったし、よくお菓子やジュースを買ってもらったり、おもちゃを買ってもらったりしてた。

幼稚園児の頃は朝からの時代劇を一緒に観てから幼稚園まで車で送ってもらって、帰りも家の近くまで毎日迎えに来てもらってた。

小学生になって友達と遊んだ時も夕方に家に電話して迎えに来てもらう事が多くて、クラブに入ったら外が暗くなるまで練習してたから他のチームメイトが親に迎えに来てもらってたんだけど、自分は家から200m位しか離れてなかったのに毎回車で迎えにきてくれた。

中学生になると1年生の終わり頃から不登校になってたのに、何一つ荷になるような事は言わずに普通に接してくれた。

高校生になってからは夜間部だから家を出るのが夕方になった。

最近ばあちゃんから「いつも○○(自分の名前)が家ば出る時間ぐらいになったら慌てて家に帰るとよ」って言われた。

確かに家を出る時じいちゃんが家に居たことが多かった。

いつも近くにいてくれたじいちゃん、今思えば自分の人生の中で一番長く一緒にいたのはじいちゃんかもしれない。

これからはもっと一緒に居れる時間を大切にしていきたいと思う。